2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧
感情というものと価値とのつながりについては他記事参照のこと。 進化論的に見た情動 自然選択は私たちを助けない 情動:状況に対するモード 不安の役割 補論:パニック障害と過呼吸 進化論的に見た情動 自然選択は私たちを助けない 私たちは心が脆すぎる。…
国家とはなにか 暴力による定義 暴力の種類 国家の誕生 秩序と支配の保証 国家の誕生 国家を正当化する アナキズム 国家とはなにか 暴力による定義 私たちにとって「国家」とは、憲法があり法律があること、すなわち政治機構のことである。つまり人間共同体…
第五章 道徳的判断と絶対的当為 道徳的判断とは、ある行為をある状況のもとでなすべきであるとみなすことの表現である。一般的に、この「(作用が)表現される」ということには三つの区別がある。 表現される作用が意味付与作用(他の作用を確証させる)とし…
価値の”客観"主義 情動との関係 正当な情動とはなにか 結論 世界のなかの事物はたとえば青かったり、四角かったりするが、同時に、美しかったり、おいしそうだったりする。私たちに与えられる対象はすべて、単なる事実的なものであるだけでなく、価値的なも…
なぜ自然選択は、道徳的に考え(しばしば)道徳的に振舞うヒト科の生物にとって有利に働いたと考えられるのか? 道徳的に考え道徳的に振舞うヒトは、どのようにして自然選択から生み出されたのか? 第一章 自然選択と人間本性 すべての個体は平等につくられ…
死ぬこと 死の宗教的意味 令和元年簡易生命表の概況 自然淘汰における死の意味 生物の基本形は不死 死はプログラムされた 老いること 死ぬこと 死の宗教的意味 どうにもならないことだが、私たちは誰しも最後は死んでしまう。これは私というものの最大の喪失…
恣意的に区切ること 分類作業へ 分析すること 恣意的に区切ること 分類は対象をなにかとなにかに区切る。対象もなにかも、すべて言葉である。だが実は言葉というものは既に、区切られているのだ。たとえばりんごはりんごであり、りんごではないものとは違う…
第一章 名づけることと分類 なんであれ、何かを分けるためには、何かになまえをつける必要がある。(略)従って分類と、なまえあるいはコトバは不可分の関係にある。 分類という思想 (新潮選書) だからまずは「なまえ」について書く。丸山圭三郎『文化のフェ…
第一章 自然淘汰的死亡説 天文学者フレッド・ホイルは言った。生命が偶然作られる確率は、「がらくた置き場を竜巻が通ることによって、たまたまボーイング747が組み立てられる」のと同じだと。だが現に生命はある。それは自然淘汰というものの働きが、一…
現象学的還元は、現象学においてその中核を担う方法論でありながら、その内実は漠然としていて捉えどころがない。それは一言でいえば「自然的態度から超越論的態度へ」であるが、単なる態度変更にとどまるならば「現象学者らしくがんばりましょう」と似たよ…
現象学が方法的に基礎をおいているのは「明証性の原理」である。それは、明証性から汲み取ったのではない判断(その判断に対応する事象や事態をそれ自身としてわたしに現前させる経験から汲み取ったのではない判断)を決して行ってはならないし、まったくそ…
第五章 父親や養親の側から生殖を見る すでに見てきたとおり、女性のみが妊娠出産するという生物学的事実によって、生殖にかかわることの多くが女性の側に割り振られてきた。このことによって産まない女性や男性、養親などとのあいだに隔たりが生まれてきた…
第四章 新たな「母性」 前章では産むことと育てること、そして子どもとの親密な関係が連続させられている「母性」について話した。産んだ女性が母親業に携わることはそれほど自然なことではないが誰が育てるべきなのか問われることはまずない。だが産むこと…
第一章 価値にかかわる経験 【第一章要約】 評価作用を非客観化作用とみなすと、客観主義的な直観と合わない。 → フッサールはもはや客観化/非客観化という作用の区別を放棄することにする。 フッサールは、対象にかかわる体験を、作用と呼ぶ。あらゆる作用…
ChatGPTを使って、にんじんブログを要約してもらいました。 かなり古い記事なのでChatGPTのほうが簡潔でわかりやすいです。 「欲望について」 「今、あなたは何か欲しいものがあって、それを手に入れようとしてこの文章を読んでいるんだよ。例えば、ポイント…