にんじんブログ

生活の記録です。

≪第3回:にんじんつれづれ≫やりたいことってなんなのん

 やりたいことですか。今はのんのんびよりばけーしょん、略して『のんばけ』を見に行くことですね……。

 

  今回は、昨日(9月2日)考えたことをつらつらと書いていきます。憂鬱だったのでそんなにはっちゃけた記事ではないです。

 

 「退屈」という大問題

 前にこういう記事を書きました。

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com

 

 内容を一言でいえば「支出を下げたほうがいいよ」です。そうするとどうなるか? 収入を減らしてよくなります。すると? 労働時間を減らしてもよくなります。すると? 暇になってやりたいことができます。なのですが……

 労働から解放されました。さぁ、何をしますか? と迫られたとき。

「別にやりたいことなんてないんじゃない?」

 そんな自分の声が聞こえてきませんか?

 暇を得たからといって退屈になるとは限らない。やりたいことができるんだから。しかし、わたしたちにやりたいことなど別にないのではないか……。

 

暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)
 

 

 さぁ、悩んだあなたはこの本を読みましょう!!

冗談ではなく

 ≪一人暮らしの家計≫シリーズはですね、いわゆる「理想の生活」とやらを実現するために暇を捻出する方法(労働時間を減らそう!)なわけです。でも理想の生活がないんじゃあ暇を手に入れたところで……となるわけで、退屈とどう戦うかというのは「暇を得たい族」にとって生涯意識し続ける壁なのです。だから家計の方針について話した前回の記事の次は、本来ならこの話をするのが正当なことで、それが一歩ずつ考えていくということだと思うのですが……高いよ、壁が……。なぜ高いのかというと、にんじんには読者が何を楽しむかがわからないから……。

 にんじん的な答えですが、いろんなことに興味を持つことです。にんじんは飽き性なので、一個のことを深めるよりも全体を平均して掘り進めたいのです。

 それでですね、上のほうからボコボコの地面を眺めて「いや~、掘った掘った。堀田堀田」と言いたい。そういう派閥にいます。えらそうに処方箋を出しましたが「それができたら苦労しねえんだよ」という感じですね。

やりたいことリスト

 とか言って色々しゃべってました。これは自分探しに一役買っていると思われます。

 宝くじというトークテーマで話し始めてリアルな交友関係でこんなこと言ったら村八分にされますよ。こういうことを言わず、お金があったら何をするかなあと考えてみます。

 クジラ喫茶ってなんだよ、と思われる読者の方。要するに喫茶店を営業したいということです。

 自分探しの問題はここからです。

 自分探しをするなら、ここで徹底的に自分の発言にケチをつけるとよいと思います。自分代理人としてペンギンに登場してもらったりして。

 

🐧「喫茶店? どうせおもちゃ屋とかでもいいんでしょ」

🐳「いや、おもちゃ屋とはちょっと違うんだよな」

🐧「喫茶店おもちゃ屋なんて似たようなもんさ」

🐳「おもちゃ屋とかそーゆーのは求めてないんだよ」

🐧「何が違うの?

  何が違うの?

 たとえばいろいろありますが「流行りを追い続けなきゃいけないでしょ」とかね。「めんどくさいよおもちゃ屋なんて」

 自分が何を求めているのか、どういう要素に魅かれるのか? という部分が問題です。

 

 もっと言えば、

 別に1億手に入れても「別に今のままでいいよ」と何故ならないのか。そこにも自分探しのタネがあるのかもしれません。理想の生活。そして今の自分。どこに差があるのか。何を本質的に求めているのか?

 にんじんは間違いなくどこかの土地を購入して木造の小屋みたいなのを建てるでしょう。太陽電池とかつけて。別に環境に配慮してるわけじゃなくて電気会社と契約したくないからだよ。

350万円で自分の家をつくる[改訂カラー版]

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新・太陽光発電実例集―自分で創って自分で使う (サイエンス・シリーズ)

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  ただ冷静に考えると定住するより別荘みたいな感じがいいかもしれません。にんじんの性格からしてこのプランあんまり現実的ではないんですよね……。プラモデルでさえたった一度も完成できたことがないし……。

 

 話が逸れましたが。

 「やりたい」をたくさん探していくのがよいかもしれません。

 

まとめ

 退屈の問題は、恐ろしく深刻な問題です。

 「こうするとよいかもしれません」とか書いてきましたが、はっきりそれで解決するとは限りませんし、たぶん多くの場合解決しないでしょう。にんじんも手探りです。退屈で、憂鬱で、仕方ないときもあります。

 ショーペンハウアーの指摘する通り、困苦と退屈は人間に付きまとう不幸です。飢えて死んだり、いきなり殺されたり、ほとんど心配しなくていいそれなりに安全で快適な暮らしを送れているからこそ、退屈は常に顔を出します。國分さんは病気みたいなものと書いていた気がします。気を抜くととりつかれるのです。

 (前回も紹介したやつですが)パスカル曰く、

すべての人間の不幸は、部屋に一人で静かに座っていられないことに由来している。

 この言葉も染み入ります。

 退屈……おそろしい子……。

 こういうときは………。

 

  輝きの向こう側へ!!!

 

 @フォロワー各位 ( `ᾥ´ )宝くじの話を記事のタネにしました。

 

前の記事:

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com