にんじんブログ

生活の記録です。

≪第24回:にんじんつれづれ≫夢に友達が出た

 夢に懐かしいお友達が登場しました。どんだけ会いたがってんだと自分でも引くぐらいです。

 

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ

 

 

 夢に出てきたという話

 コンビニを空にしたような建物に荷物を運び入れておりました。すると友達がやってきて梱包を解く。中を覗いてみると飲みかけのジュースやら食べかけのお菓子があって、それを上から順に陳列しはじめる。それをどうするんだと聞いたら俺はお店を出すんだと言う。それじゃあ商売にはならんだろうと思って引きとめるつもりで、いくらほど売り上げたらどれほどの収益が見込めるか計算してやった。どういう勘定をしたのか、数百個売らんといけないということになって彼はずいぶん落ち込む。そこで何故か「いや、頑張れよ協力するから……」。

 目覚めてすぐに「いや、その事業は失敗するだろ」「ネットショッピングの時代に店舗型」「つーか売れねえよ」というようなことを言っていたのですが、それらと一緒に「あぁだいぶ会ってないな」と思い、妙に寂しくなりました。

 

開業から1年目までの個人事業・フリーランスの始め方と手続・
 

 

友達がいるかいないか

 よくよく思い出せば小・中・高・大においては友達のいるいないが第一の心配事であったような気がします。ただ大学も3年ほど通ったあとは友達など別にいなくてもしのげることに気づき、以降は別に「友達ができるかな」などと考えなくなりました。

 先日、NEWGAME!というアニメを見ていましたが、そこで主人公の青葉が大学に進学した幼馴染に会う前、こういう風なことを言います。「まさか大学で友達ができなかったんじゃ……」――こんなことを気にするなんて、いったいどれぐらいしてないだろう、なんてことを思い、ばたんと寝たら例の夢を見ました。友達がいるかいないかなんて、普段気にするでしょうか。学校教育って自然とそういうことが気になるようになるんだから「うまい」よなあと感じます。

 

 教育

 教育社会学の先生だったと思いますが、こういうことを言っておられたことがあります。

「特定地区にいる同年齢の人を無作為に選んでクラスという共同体を作り出しこれから秩序を守って一緒に生活せよと指示するのは一種の暴力だ」

 教員を志していた学生たちから非難轟轟。学校というのは学業だけを教えるところではなく社会で生きていけるような協調性を身に着ける場所なんだぞ大体教員のくせにけしからんことを言うやつだそれじゃあどうしろというんだ云々。

 とかく教育などというテーマについて話すと議論が過熱して黒焦げになるから良くない、あまり触れんほうがいいわけですが、両方の主張もわかるようなわからんような、ともかくよくわからない。先生のほうは暴力という言葉を使っておられるようにクラスというものを作ることによる弊害が大きいと感じている、一方で学生のほうはクラスを作ることに利益があると感じている。そうしてそれ以上のものがない。

 だからこそ黒焦げになるわけで、まっとうな調理のためには素材の吟味が足りんようです。

 それにもかかわらずにんじんがその先生の発言を取り上げたのは、無垢に学校教育を信奉している若手に対して「こういう面もあるぜ」と講義したことが有難いからです。うちの大学だけかもしれませんが、どうにも「みんな楽しくみんな仲良く。わたしは自分の教科の楽しさを教えたいんだ」と仰る方が非常に多い。「いじめをなくすんだ」と仰る方も多い。これらを否定しているわけではないですよ念のため。素晴らしい意欲です。

 ただ数学に限って言えば、公理と導出規則から定まる数学という体系に興味がないのに「数学の楽しさ」を教えるってなんなのか。イプシロンデルタ論法さえ解しないのに極限の妙味を教えるような顔付をしている。実数さえ知らんのに「1/nはnを無限大にすれば0になるんだよ」と言う。要するに「大学数学がつまらん。高校なら受験勉強したしできるわ」みたいな人が多い。

 ただ「教育なんかどうでもいいし熱意もないけど、食いぶちとして便利だからとるんだ」となったら話は別で、それも良い生存戦略だと思います。

 ただ、熱意がある燃えているぜというひとの中にはよく調べもしないでイメージだけで語っている場合が多いということです。中途半端に知識があるのも問題で、なぜ1+1=2が成立するのかを説明するといって環の定義をし始める人もいる。しかもちっとも疑っていない。1+1=2を前提としながら1+1=2であると結論して澄ましている。

 そうとはいえ、中には物凄い意欲を持った方もいる。数学の楽しさを教えるんだといって院で研究をして、出た後は教育学を学びながら教場へ出る人もいる。なんて大変な仕事なんだろうにんじんにはとてもできない、と感服しました。

 音大でピアノを学んだという先生が音楽の時間に伴奏をしているのだけれども、生徒たちはそれを当たり前みたいに聞いている。ちょっ、あの人しゃべりながら手足を動かしてるぞすごいと思わんのか、オイオイオイ……とはいうものの生徒は大して感動した様子もありません。まぁそんなもんかもしれません。だからきちんと基礎を固めても、表にはなかなか現れんものでしょう。あぁ、なんて大変な仕事だろうと何度も思います。

 

脱学校の社会 (現代社会科学叢書)

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おわり

 教員になるという夢を持つ方、そして今教員をなさっている方、大変だろうけれども頑張ってください₍₍ (ง ˙ω˙)ว ⁾⁾

 

 

 おしまい ₍₍ ◝( 'ω' )◟ ⁾⁾

 

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