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わたしたちの歴史。宇宙のはじまりと生物。

 

宇宙のはじまり

  •  (これより前は空間も時間もない)
  •  135億年前:ビッグバン。宇宙の誕生。「地球誕生以前」
  •  45億年前:地球誕生。ここから先カンブリア時代が始まる。先カンブリア時代には、肉眼で確認できるようなレベルの生命は見つかっていない。
  •  5億4200万年前:生物がようやく目に見えるようなカタチを成してきた。「顕生代」のはじまり。顕生代の最初の区分を「カンブリア紀」(4億8830万年前まで続く)という。私たちはいまなお、顕生代にいる。

 進化思想と進化学に基づけば、生物進化の枝分かれの根っこにはLUCA(Last Universal Common Ancester = 全生物最終共通祖先)が想定されている。LUCA・全生物最終共通祖先とはすべての生物の起源であって、生物はすべてそこから始まった。枝分かれしたあとの生物は決して交じり合うことはない。なぜならもし交尾を仕向けても、その子どもは繁殖能力を持たないからである。

 

 

生物のこと

 「生物がどのように進化してきたか」「その生物はどのような生物なのか」ということは互いに密接に絡んでいる。その生物の進化史を考えることでその生物の特質を説明できることもあれば、逆に生物のもつ特質によって生物の進化史を推理することもできるだろう。

 生物の数は2011年に推計された段階で870万種とされている。「種」という区切りは、子孫を残すもの同士を同じ種と認め、その方式で括ったものである。これらの種はヒトやロバのように命名されているものもあるが、命名の及んでいる数はわずか200万種に過ぎない。膨大に存在する種を一定の特徴ごとに分けたものが「属」で、さらに続いて「科」→「目」→「網」→「門」→「界」→「ドメイン」という風に束ねるのが現代風のスタイルである。

 

モデル生物のこと(2019.6.24)

生物の分類においては五界説というものがあり、生物を「動物界」「菌界」「植物界」と「原生生物界」「モネラ界」の五つに分けるものです。結論からいってしまえば、このそれぞれについて、

 

動物界 … マウス、ショウジョウバエ、ホヤ、線虫

菌界 … アカパンカビ、酵母

植物界 … シロイヌナズナ

原生生物界 … クラミドモナス、ゴニオラックス、ゾウリムシ

モネラ … 藍藻大腸菌

 

 がモデル生物になっています。ショウジョウバエといっても色々あるらしく、中でもキイロショウジョウバエが実験には便利だそうです。モデル生物に選ばれるためにはいくつか条件がありますが、①飼育のしやすさ はもちろん、②遺伝子操作ができる、こともひとつあります。さっさと増えて、エサも安く済み、小スペース……みたいな生物が良いわけですね。

 

 さて、この頃は遺伝子が人気ですが、その生物がどんなやつであるかは遺伝子を見ることで研究されることもあります。モデル生物のゲノム情報は調べられておりますが、それを操作できなくちゃ困ります。

 「これは遺伝だろうな」と目星をつけて、遺伝子情報のどこにそれが書き込まれているかを調べることをフォワードジェネティクスといいます。見つけて、もしそれを破壊してやったら当然その性質が生物からは失われるはずですよね。そういう風にぶっ壊してやるのをリバースジェネティクスといいます。リバースジェネティクスができる生物は限られているため、①と②でモデル生物はけっこう限られてくるわけです。

 

遺伝とはなにか

  •  遺伝とは、「子が親に似ること」である。
  •  形質とは、「親から子へ伝えられる体の特徴や性質」のことである。

 形質は体内に存在する何らかの物体に対応するはずである(””要素””)。

 要素に関して、次のように推論される。:

  1.  形質は遺伝するものであるから、要素は生殖細胞に含まれなければならない。
  2.  精子は大部分が「細胞核」であるから、要素を含むのは生殖細胞の中でも核でなければならない。
  3.  細胞分裂によって分かれる核の構成成分は「染色体」である。

 すなわち、要素なるものは染色体か、あるいはその内部に求められなければならないことが帰結する。そして現在では、染色体内部のDNA=要素であることが示され、DNAの組成から遺伝はたった四種類の文字列に書き込まれていることがわかった。

 人間の遺伝子コードを調べようという計画が「ヒトゲノム計画」と呼ばれるもので、もうすでに完了している。生物学において各カテゴリーを代表するいわゆるモデル生物はコードが判明しており、そのコードをいじることによって遺伝子操作も行われている。

 遺伝子コードは生物の設計図であり、形質はすべてそこに書き込まれているはずである。だからもちろん、「進化」というのも「遺伝子の変化」であっただろう。

 

ダーウィン種の起源

 ダーウィンの「種の起源」を見てみよう。意外なことに

  1.  ダーウィンは最初、進化を信じておらず、神が作ったと思っており、
  2.  進化論を言い出したのはダーウィンが初めてではないそうである。

 ①に関しては、神のキャラクタークリエイトからダーウィンの心は徐々に推移し、最後にはほぼ神の存在を疑っている(本人は「不可知論」の立場をとっている)。

 ②に関しては、なんと古代ギリシアにさかのぼる。ダーウィンの近場でいうと、フランスの博物学者であるラマルクが挙げられる。ともかく、進化論を言い出したのはダーウィンが初めてではない。

 

 ではなぜダーウィンの「種の起源」が今でもその名前を残しているのか。それは、その著作に進化の証拠が挙げられ、検討されていたからである。また、進化のメカニズムとして自然選択、そのプロセスとして分岐進化を提唱したことにもよる。証拠を挙げ検証する科学的態度は、たとえばトマス・ヘンリー・ハクスリーなど熱烈な支持者を得た。

 

※メモ:自然選択説

 自然選択説とは次のようなメカニズムである。:

  1.  同種の個体間に遺伝的変異がある。
  2.  生物が過剰繁殖する。
  3.  生殖年齢までより多く生き残った子がもつ変異が、より多く残る

 すなわち、変異が起こり、それが有利なものならそちらが多く生き残って後続の世代に伝えていくし、不利なら死んで消え去る。

 ところで自然選択においては最初のドミノである「変異」が重要になる。そこで種の起源においても、ダーウィンは変異に関する研究から始めている。しかしダーウィンには遺伝に関する知識がなかった。今では中学生でも知っているメンデルの法則は、実はメンデルがそれを発表してから数十年間誰の目にも止まらなかったのである。

 

 ※メモ:分岐進化

 分岐進化とは次のようなプロセスである。:「一つの種が二つに分かれる」

 進化論的な考え方に慣れているので当たり前のような気がするが、ダーウィン以前はこのような考え方をしなかった。種の進化とは枝分かれではなく、同一の種において起こることだった。進化とは直線であって、二つの種があれば、それらは決して過去において交わることはない平行線だった。

 そういえばポケモンはたとえばピカチュウからライチュウに進化するがあれなどは直線的な進化という感じがする。でも実は進化というのは世代を超えた変化のことだから、同じ個体が変わろうが進化とは呼ばない。

 

 

  さて、このように見てきたとき、重要な点は「進化」とは「変化」であるという部分だろう。「変化」であって「進歩」ではないダーウィンもそう考えた。即ち、自然選択の最初にある変異というものはランダムに生じるもので、それがたまたま生き残りに適していたからそういう風な個体が多くなったというだけ。たとえばレベルが上がって強くなった、というようなことではない。

 とはいえ、一般に「進化」といったとき「進歩」のニュアンスがあることも事実である。実際、種の起源が出版された当時も、そのように捉えるものはいた。即ち、自然選択というものは認めるが、生物に起こる変異は神によって方向づけられている

  •  宗教との関連でいえば、種の起源が恐ろしい批判にさらされたのは「ヒト」についてだった。ヒトが猿から来ているだなんて受け入れがたかったらしく、ダーウィンと親しくしていた研究者たちでさえそうであったし、また仮にそれを認めたとしても、ヒトだけは他の動物たちとは違う別格の存在だと見なそうとした。たとえば「ヒトの高度な知的能力だけは自然選択の例外」

  神云々というだけでなく、自然選択説は人気がなかった。問題点の一つとして、ダーウィンの遺伝理論(混合遺伝説)では世代をまたぐごとに変異が薄まることが挙げられる。混合遺伝説では、両親の遺伝物質が半分になって子に伝わるので、世代をまたぐごとに半分ずつに薄まり、やがては消えてしまう。これを解決したのが、メンデルの遺伝説と、ハーディ・ヴァインベルクの定理であった。変異は薄まらず、それが出てくる頻度が世代を超えても変わらない状態ハーディ・ヴァインベルク平衡というが、これが成立することを示したのである。

 この平衡は落ち着いた状態であって、この平衡にあるときは逆に進化が起こらないことがわかっている。:

  1.  集団の大きさが無限大であること
  2.  対立遺伝子の間に生存率や繁殖率の差がないこと
  3.  集団に個体の移入や移出がないこと
  4.  突然変異が起こらないこと

進化論はいかに進化したか (新潮選書)

 この4つをすべて満たしているのがハーディ・ヴァインベルク平衡というが、これを一つでも欠けば進化が始まる。進化のメカニズムが解き明かされたのである。そうして、自然選択はこの2番目の状態を欠いたものである。故に、自然選択は進化のメカニズムとして正しい。

今西進化論

今西錦司という人がいる。彼は今西進化論という思想を唱え、ダーウィン自然選択説を批判した。彼が認めなかったのは自然選択のプロセスのうち次の二つである。:

 1. 同種の個体間に遺伝的変異がある。

 3. 生殖年齢までより多く生き残った子がもつ変異が、より多く残る

 (1)彼は突然変異を認めたり、認めなかったりした。

 (3)彼は、より多く生き残る=適応という概念に懐疑的だった。

 

 たとえばキリンの首が長いのは高い木の葉を食べられるように進化したものである。今西は「(背の低い)キリンは、生存競争の敗者となって、餓死してしまうというのであるが〈中略〉こんなあほうなことが、はたして現実の自然の中で起こりうるのだろうか」と書いている。

 しかし、自然選択において、首の短いキリンは別に餓死する必要はない。首の長いほうが、短いほうより、ほんの少しでも生き残っていることが必要なのであって、短くなったほうがバタバタと死んでいくわけではない。

中間値を認めず、100パーセントでなければ0パーセントと解釈するのは、今西が好んで使う論理である。

進化論はいかに進化したか (新潮選書)

 

生態系のこと(2019.6.2)

 生態系とは、『生態学においての、生物群集やそれらをとりまく環境をある程度閉じた系であると見なしたときの呼称』(Wiki)のことです。いろいろな動物、植物、それらの住む環境を含めて、それぞれの繋がりのことだといってよいでしょう。

 生態系の中にいる生物たちは、

  • 「消費者」
  • 「分解者」
  • 「生産者」

 と分けることができます。何かを生み出す、それを食べる、そして食べるものが死ぬと細菌が分解しにかかり生産者の役に立つ……といったような相互作用があるのです。

 

 生態系サービスとは、『生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能(サービス)のこと』(Wiki)のことです。生態系サービスは大きく4種類に分けることができます*1。「供給サービス」「基盤サービス」「調整サービス」「文化的サービス」です。

  1.  供給サービス 牛肉を食うために人間は牛を殺します。あるいは毛皮のコートを作るために動物の皮をはぎます。また、家を作るために木々を倒します。焚き火をするために木を倒して割って燃やします。紙を作るために植物から繊維をとります。医薬品のペニシリンは青かび由来です。
  2.  基盤サービス 生物が生存するための基盤となる空気や水、土、エネルギー、栄養などのことです。これらに主だって貢献するのは植物ですが、ここでも生物の多様性が重要になってきます。植物が多様であればあるほど生産性が上がることがわかっているからです。
  3.  調整サービス 森が洪水から人間を守り、サンゴ礁が天然の防波堤となるように、人間に対する悪い影響を緩和してくれる機能のことです。害虫が広がったり病気が蔓延するのを防ぐのも、害虫や病気に対する天敵がいることによります。
  4.  文化的サービス ペットに癒されたり、森林浴をしたり、あるいは生物学をやったりするのも文化的サービスです。生態系が人間に刺激を与え、多様な楽しみ方や文化を与えます。

 ホモ・サピエンスの特徴(2019.7.21)

われわれはホモ・サピエンスという動物の一種である。身近にいる様々な生物を見ても、これほど特徴的な生物はいないというほど特徴がある。先ほども言ったが、この記事を読めるのはわれわれだけで、他の生物は読めない。文字を扱って文章を作ることもしなければ、複雑な会話をすることはないだろう。われわれは将来的に自らが死ぬことを知っている。しかしどうも他の動物は知らないように見える。お葬式という行為は、他の生物のうちにも当てはまるものがあるとしても、非常に特殊な行動である。

 ホモ・サピエンスに近いところにいるのがチンパンジーである。チンパンジー類にはチンパンジーと、それからボノボと呼ばれる生物がいる。

 

 

 最も近いところにいるチンパンジー類と人類が別れたのはおよそ700万年前だと言われている。今のところ、最古の人類化石はサヘラントロプス・チャデンシスで、人類とチンパンジー類の共通祖先がそれぞれの道を歩み始めたばかりの人類であると目されている。

 いま、人類といったが、現在のところ人類はホモ・サピエンスしか残っていない。他は全て絶滅してしまったからである。他の人類は数十種類いたが、そのどれもが絶滅している。進化の軌跡がすべて失われてしまっているからこそ、「チンパンジーとヒトが似ているだなんて!」という不満が噴出するのである。ダーウィンが『種の起源』を書いたとき、ダーウィンはあえて人間に関する記述を控えめにした。しかしそれでもやはり、猛反発は避けることができなかった。

 

 さて、人類とチンパンジー類は分かれた。その変化がまず現れたのは「直立二足歩行」「犬歯の縮小」だった。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)

 直立二足歩行を行う生物は人類をおいてほかにない。他の生物はすべて、直立二足歩行を行わない。ペンギンはどうなんだ、というのは典型的な疑問で、実はペンギンはあんな姿をしていて直立二足歩行はしていない。チンパンジーがすたすたと歩く映像はいくらでもあるが、彼らも四つ足で運動するのがふつうである。人間が四つ足で歩こうとすると、頭を持ち上げなければならず、苦しい。チンパンジーにしても事情は同じである。直立二足歩行をしようと思えば、まぁまぁ苦しいに違いない。

 人類が直立二足歩行をするようになった理由として、イースト・サイド・ストーリーがある。一言でいえば「草原で暮らすようになったから」である。草原で暮らすようになり、にゅっと草むらから顔を出して敵がいないかどうか見たり、日差しをうける面積を防いだりするために人類は立ち上がった、という仮説である。

 ところが、直立二足歩行にメリットは恐ろしく少ない。まず敵がいないかどうかにゅっと顔を出したら向こうに見つかってしまう。直立二足歩行していると足が遅すぎてすぐ捕まってあの世行きである。クマに見つかって走って逃げるのはまず無理なのだ。イースト・サイド・ストーリーによる直立二足歩行の説明は現在では無茶だと言われている。

【食料運搬仮説】

そこで与えられた回答が「食料を運搬するため」であったそうだ。両の手で持てば、より多くの持ち運びができる。そうしてこの仮説が正しいといわれる理由は「犬歯が縮小」していることである。

 犬歯はもちろん攻撃にも使われるが、使用頻度が高いのは仲間内である。オス同士でメスを取り合って争う。多夫多妻制や一夫多妻制の社会ではオス同士の争いが避けられない。しかしわれわれは一夫一妻制をとり、オス同士の争いが少なくなった。それで犬歯が縮小した。

 食料の持ち運びが多く出来るほど生き残りやすいのは当然である。いまわれわれは一夫一妻制であった。これにより直立二足歩行を獲得した個体はその遺伝子を持った子どもに確実に食料を運ぶことができる。もし多夫多妻制なら直立二足歩行をする遺伝子を持たない子どもに食料を振ってしまうことになる。それで少しずつ直立二足歩行をする個体が減り、やがていなくなった……。

 

 おそらく初期の人類で、いきなり一夫一妻制が成立したわけではないだろう。多夫多妻的な社会の中から、一夫一妻的なペアが形成されるような中間的な社会を経由したのだと思われる。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)

 

 とあるように、当然もともと多夫多妻で通してきたやつらがいきなり一夫一妻になることほど奇妙なことはない。そうならざるをえないやむを得ない理由があったに違いない。そうすると順番的には、

 

  1.  多夫多妻維持できねえ事件
  2.  一夫一妻マン
  3.  一夫一妻マン進化 → 犬歯縮小
  4.  立ったほうがよくね? 一部が少しずつ重い腰を上げ始める
  5.  直立歩行マンへ進化

 

 ということになったのだろう。でも重い腰を上げ始めるといっても、たとえば犬がモノを手で運ぼうとしないように、これにも何か気の遠くなるような段階が必要であるが、その段階がいまいち思い浮かばない。

 しかしどうも、現在のところはこの仮説が一番有力なものであるらしい。

 

 先述したように直立二足歩行はデメリットが非常に大きく、他の生物では全く採用されていない。化石のなかには直立二足歩行を行っていたと考えられる生物がいるが、彼らは絶滅してしまった。

 直立二足歩行は「難産」の原因とされているが、実はそれは脳が大きくなって負担が大きくなってからの事で、脳が大きくなるのは250万年前でやっとである。700万年前付近では、苦労はしたにしてもいまほどの難産ではなかったと見られている。要するに、脳も大きくなく、いわゆる認知革命も起こっていない状況で、ただ食料を運べるだけのわれわれの祖先が生き残ったのはほとんど奇跡的なことだったようだ。

 

 

「人類」の歴史(サピエンス全史から)

 ヒト属が初めて姿を現したのは250万年前の東アフリカで、アウストラロピテクス属から進化した。それから50万年後の200万年前、アフリカから出て、生息地を広げていく。地域によって生存に必要な特性を必要したため、それぞれが多様な進化をしはじめた。

  1.  大きな脳
  2.  二足歩行 → 手が自由になり道具の製作

 火を日常的に使うようになったのは30万年前。火は暖かさ・光・病原菌や寄生虫を殺す・他の動物への武器になった。

 

 我々と同じ種・サピエンスは15万年前には東アフリカに登場していた。彼らは7万年前にアラビア半島へ出発し、そこからユーラシア大陸へ広がっていく。ところが先述したように、既に色々な地域にサピエンス以外のヒト属が各地に生息している。サピエンスと彼らの間で何があったのかは極端なふたつの説がある。惹かれ合い交わったか、あるいは、滅ぼしたか

 こういう極端な話でよくあるように、両方とも正しかった。他の人類にとって代わった説を裏付ける研究がある一方で、ネアンデルタール人のDNAが現代人の中に見つかったのである。サピエンスによって絶滅に追い込まれたと考えられるヒト属もいる。サピエンスの世界征服はネアンデルタール人が姿を消した3万年前、そしてサピエンスよりも小さいホモ・フローレンエンシスがフローレス島という場所から消えた1万3000年前に求められる。今残っているヒトはサピエンスだけである

認知革命

 サピエンスは7万年前にアフリカを発ったが、実はそれより前の10万年前に出発していた。けれどもそのときはネアンデルタール人に敗れて、また舞い戻ってきたのだ。彼らは7万年前の出発では、他のヒト属を完璧に滅ぼしてしまった。これを可能にしたのが認知革命である、という。

  人類が複雑な言語を獲得した理由はわからない。他の動物たちも言語を使うことができるが、人類ほど柔軟ではない。たとえばサバンナモンキーがある鳴き方をすると、仲間は全員上を向く。ワシに注意しているのである。他にもライオンの警告をする鳴き声もあるらしい。しかし、人類のように言葉を組み合わせて多種多様な文章を作ることは出来ない。

 言語による恩恵のひとつが、群れが大きくなることだった。チンパンジーは多くて50頭ぐらいしか群れをなせず、それ以上になると不安定になる。集団内の不和から数頭がよそへ出て行き新たな群れをつくる。群れ同士が協力することは滅多にない。われわれ人類の場合は、集団の自然な大きさは「150人」である。人類もそれ以上になると法律やらなにやら秩序を保つ工夫がいるなど、集団が不安定になる。

 われわれの群れを国家などのようにさらに大きくするためにも言語が必要だった。われわれはなにかしらの「神話」をつくり出すことで集団を維持した。宗教はもちろん、正義といったような抽象概念もそうだ。

 

 平均的なサピエンスの脳の大きさは、狩猟採集時代以降、じつは縮小したという証拠がある。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 認知革命後、サピエンスたちは生き延びるための知識を蓄えた。なわばりの地図はもちろん、採集する植物の生長や季節ごとの変化も知らなければならない。午前中に最終を終え、午後早くにキャンプに戻り、仲間たちを話をした。

 狩猟採集民は単一の食べ物に頼らない。様々なものがメニューに並ぶ。このことがいわゆる農民たちよりも飢えや栄養不良を起こさない理由になった。しかも、その頃のサピエンスには犬以外の動物と住んでいなかった。感染症は家畜に由来しているため疫病もなく、しかも常に動き回っているために感染症など蔓延しようがなかった。

 

 定住などしていないサピエンスたち。この頃の狩猟採集社会を多くの専門家が「原初の豊かな社会」と呼んでいるらしい。

「この一万年間の人類史は、遊動したくともできなかった歴史であり、その間人類は定住生活を強いられてきた」

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

  もちろん彼らは現在の我々よりも簡単に死んだ。子どもの死亡率は高いし、年寄りや障害を負った人は置き去りにされたり、殺されたりした。ユートピアでは決してなかったものの、「人類史のなかの定住革命」においては現代のいろいろな問題(ゴミや排泄等々)は狩猟採集時代のわたしたちが残っていて、適応できないためだとしている。

 

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com

 

 認知革命が起きたとされるのが七万年前。

 そしてわれわれが非定住をやめざるを得なくなった「農業革命」が起きるのはそれから相当長い時間が経った、1万2000年前になる。

 

 

 

農業革命

 農業革命は約一万年前に起こった。人々は栽培のために徐々に同じ場所に居つくようになり、遂には定住することとなった。これを人間の知能が発展した結果、栽培すらも可能となったとする研究者もいるが、「証拠はない」という。それどころか、当時は一部にしか生息していなかった一植物であった小麦が、サピエンスを奴隷化したという見方もできる。

 狩猟採集民が農耕民となって得たものは少ない。雑食だったサピエンスは周囲の植物の生長状況によっていろいろなものを採って食べた。いろいろなものを食べるので栄養バランスがとれていたが、小麦や稲などに頼るようになるとそうもいかない。一日中畑を耕し、畑を心配しても不作の年はある。それで数百万単位でサピエンスが死んだ。しかも残念なことに、不器用な農耕によって生まれた植物たちは自然に育った植物に栄養で劣っていた。

 

 農耕によってサピエンスは養える人間が増えた。けれども、子どもも増え、人口が増えると「もっと」農耕をしなければならなくなった。このことを学ぶのに「Bunished」というゲームは最適であるように思われる。

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 人が増え、養う人間が多くなり、生産しなければならないものも増える。

 

 歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる、というものがある。人々は、ある贅沢品にいったん慣れてしまうと、それを当たり前と思うようになる。そのうち、それに頼り始める。そしてついには、それなしでは生きられなくなる。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 生産するものが増えると、土地が必要になる。他の勢力が来た時、農耕に依存した人々はそこを移動するわけにはいかなかった。何故なら死んでしまうからである。サピエンス同士は争い、そして死んだ。

 

 村落や部族以上の政治的枠組みを持たない単純な農耕社会では、暴力は全死因の15パーセント、男性の死因の25パーセントを占めていたとする、人類学や考古学の研究が多数ある。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 そして農業革命の犠牲になったのはサピエンスだけではない。家畜である。この頃からサピエンスの有する家畜は数を増やした。現在、数でいえば、ニワトリや牛、ヒツジなどは大変に成功している。世界中にいるし、数百億頭にもなる。しかし、彼らは自然な寿命の半分にも行かず死ぬ。どれぐらいで死ぬかといえば、「生後数週間から数か月」である。何故死ぬかといえば、食べるためだった。

 子牛は生まれてから自分の体と同じ大きさの檻に入れられる。運動はできない。筋肉がつくと肉が固くなるためである。そこで一生(!)を送る。ようやく外に出れたと思ったら行き先にはギロチンが待っている。

 

 より楽な暮らしを求めたら、大きな苦難を呼び込んでしまった。しかも、それはこのとき限りのことではない。苦難は今日も起こる。どれだけ多くの大学卒業生が、がむしゃらに働いてお金を稼ぎ、三五歳になったら退職して本当にやりたいことをやるのだと誓い、忙しい会社できつい仕事に就くことだろう。ところが三五歳になったころには、多額のローンを抱え、子供たちを学校にやらねばならず、郊外の暮らしには一世帯に少なくとも二台の自動車が必要で、本当に良いワインと国外での高価なバカンス抜きでは人生は送り甲斐がないという感覚につきまとわれている。彼らはいったいどうしたらいいのか? 植物の根を掘り返す生活に戻るのか? とんでもない。彼らはなおさら一生懸命に取り組み、あくせく働くのだ。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 参考文献

サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

人間にとって寿命とはなにか (角川新書)

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

進化論はいかに進化したか (新潮選書)

絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)