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にんじんと読む「ベーシックインカムへの道(ガイ・スタンディング)」🥕

 ベーシックインカムとは、個人に対して、無条件・定期的に少額の現金を配る制度のことである。この根本的な目的は経済面での基礎的な保障を提供することだ。全面的な保障や裕福な暮らしを送れるようにすることなどは想定されていない(第一、そんなことは不可能である)。

 ベーシックインカム導入論者のあいだでも、どの程度給付すべきかについて意見が分かれる。時には給付を引き替えにあらゆる社会保障と福祉サービスを廃止すべきだと論じるものもいるが、それはリバタリアン的な考え方といえる。つまり、福祉サービスの停止はベーシックインカム導入のために必至というわけではない。たとえば導入時は段階的にきわめて小額からはじめて、増額し、水準を見極めたりするのも良いだろう。

 「無条件」であることはベーシックインカムという制度にとって本質的だが、①所得制限を設けない、②お金の使用に制限を設けない、③行動に制約を設けない、という三つの意味がある。給付を受けるために「ふさわしい」人など存在しない。国民などといった受給資格者はみなその資格があり、全員が無条件に給付を受けられる。

 また「定期的」であるとは、①一定期間ごとに、②わざわざ書類などに記入しなくても③一定額が、給付されることが望まれている。

 

  •  つまりベーシックインカムは最低所得保障という概念とは異なる。なぜなら所得がどうあろうが受給資格を満たす限り必ず一定期間内に一度支給されるものだからである。最低所得保障は一定額ではなく、保障ラインと実際の所得の差額が支払われる。
  •  ベーシックキャピタルとも異なる。ベーシックキャピタルとは少額ではなく、大きな金額を、一回限りで給付する。ベーシックキャピタル論者は大抵、一定年齢に達した人々に一回限りの給付を行うことを提案する。これに対する主たる批判は、「意志の弱さ」に関わる。つまり高額を一気に振り込まれると、リスクの高い投資に走ったり、無駄遣いをしたりして結局全額を失いかねない。

 

社会正義の手段

 BI(ベーシックインカム。以下同じ)の正当化にあたっては、「社会正義を実現するための手段になるから」という根拠が与えられることが多い。BIを導入すれば、「自由の確保」と「経済的な安全の提供」が与えられることも根拠の一つだが、「社会正義の実現」が非常に大きい。BIの議論をするとき、常に既存の社会的保護制度の代替案として語られてしまうがために、この点がまったく忘れられている。

 政策が社会正義を実現している、とはどういう状態だろうか。そして具体的にどういう社会正義を実現しているのか。

  •  トマス・ペインは「今日わたしたちが手にしている所得と富は、わたしたち自身の行動よりも、過去の世代の努力と業績による部分がずっと大きい」という考え方をする。社会の富とは共有財産なのである。ヘンリー・ジョージは土地が人類共通の遺産であるとみなし、土地が生み出す収入はすべての人が分かち合うべきだと考えた。/ こうした社会配当に基づくBI論の反対者は、「遺産の取り分を求める権利は誰にもない」と主張する。つまりそれを受け取る義務を果たしていない、ふさわしいことをしていない、という意味だ。しかしその論法でいけば、私的財産の相続も認めるべきではない。

 ジョン・ロールズが提唱した社会正義の原理(格差原理:最も弱い人たちの状況が改善してはじめて、その政策によって正義が実現できたと考える)を応用すればこうなる。:「政策が社会正義にかなうと言えるためには、最も安全でない生活を余儀なくされている人たちの状況が改善しなくてはならない」。これを安全格差原則と呼ぼう。BIは間違いなく安全格差原則を満たしている。

 

 ロールズは「公正としての正義」つまり「最も理にかなった正義の原理とは、公正に考えた場合に、誰もが同意し、受け入れるようなものである」としている。

 古典的な自由主義においては税制と福祉制度が公正であることを認めている。公正に考えれば、低所得者の税負担が高所得者よりも重くなるべきではないと誰もがわかっている。そうだというのに、このことはあらゆる国で踏みにじられている。所得の種類によって異なる税率が適用されていることもそのひとつである。日本は違うが、多くの国では労働による所得の税率が資産や投資の税率より高くなっている。つまり不労所得のほうが税率が低い。このことが富裕層をより富ませる。BIを導入すればこのギャップを縮小できる。なぜなら、労働による所得によって徴収できる税が下がり、不労所得の引き上げが行われるからである。

 また、BIは個人に給付されるものであるから、男女や年齢間、障碍者とのあいだの不平等を是正する道がひらける。あらゆる人に、均等に給付されるから、もし奪われていればすぐにわかる。無条件だから、誰かに負担を強いることもない。たとえば中南米諸国では、子どもを学校に通わせて健康診断を受けさせれば低所得者の母親に給付がなされる。しかし、条件を満たすために苦労するのは母親である。もしこれが父親でも同じことで、条件を課せば、その条件を満たすための労力が人によって違うのだから不公正が生じる。

 地球環境にも影響するかもしれない。BIによって労働にさく時間が減るのはもちろん、あまった時間を再生産の活動にあてることもできる。環境汚染は環境に金を使えない貧困層に負担が重く、BIはこのコストの一部を補償してくれるだろう。炭素の税金を重くすれば二酸化炭素濃度も減るが、これを現状のまま施行すると炭鉱労働者や低所得者層は経済的打撃をこうむる。BIを導入すれば、政治的に炭素税に踏み出しやすくなる。

 

 資力や行動調査、制裁、監視に基づく福祉制度が不正義を拡散する以外になにか意義深い結果を残してきただろうか?

 

 

ベーシックインカムへの道

ベーシックインカムへの道

 

 

ベーシックインカムと自由

 自由の拡大もBIのメリットとして挙げられている。しかし自由とはなんなのか。

 標準的な自由主義者にとって、自由にはふたつある。①制約からの自由、②行動の自由。自由主義者にとってBIはこれらを促進するひとつの候補である。一方、リバタリアン(経済だけでなく個人にも重きをおく立場。リバタリアニズム - Wikipedia)にとっての自由はこれとは異なる。リバタリアンは国家が個人の自由を制約すると思っているから、できるだけ「小さな政府」を望む。政府は必然的に人々の生活に干渉してくるからだ。リバタリアンのうちBIという制度を求める人々は、本来ならば国家には何もしてほしくないのだが、現実的にはそうはいかない。そこで次善の策として、BIが選ばれる。だから「BI以外は何もしてくれるな」という思想へ行きつく。

 リバタリアンが政府を不必要とみなすのに対して、共和主義は政府を必要とする。そこでの自由は支配されないことである。そして完全な自由とは、社会で最も弱い人でも支配を受けないことで、強者が権利を行使しても弱者が支配を受けずに済む状態のことである。政府の役割はそのような完全な自由を実現することである。この自由を実現するためには、手の込んだややこしい仕組みで「うまい」「へた」が分かれるような制度ではなく、無条件に資金が給付される制度が必要だ。つまりそれがBIである。競争は競争力のある個人にだけ報いる。

 

 いずれにせよ、BIはあらゆる種類の自由を強化する。

  •  困難だったり、退屈だったり、薄給だったり、不快だったりする仕事に就かない自由
  •  経済的に困窮している状況では選べないような仕事に就く自由
  •  賃金が減ったり、不安定化したりしても、いまの仕事を続ける自由
  •  ハイリスク・ハイリターンの小規模なベンチャー事業を始める自由
  •  経済的事情で長時間の有給労働をせざるを得ない場合には難しい、家族や友人のためのケアワークやコミュニティのボランティア活動に携わる自由
  •  創造的な活動や仕事に取り組む自由
  •  新しいスキルや技能を学ぶことに時間を費やすというリスクを負う自由
  •  ときどき怠惰に過ごす自由

 

 社会政策は次の二つをクリアしなければならないと考えられる。

  1.  パターナリズム・テストの原則:いかなる社会政策も、一部の集団に対し、その社会で最も自由な集団には課されていないコントロールを課す場合は、不公正と言わざるを得ない。
  2.  「慈善ではなく権利」の原則:給付する側の権力や裁量ではなく、受給者や対象者の権利と自由を拡大しなくてはならない。

 

 BIは二つの原則を満たし、あらゆる自由を拡大する。

 

貧困、不平等、不安定の緩和

 BIの根拠として挙げられるのは「貧困を削減する」というものである。お金を受け取るのだからその点は明瞭だが(もちろん反論は考えられるにしても)、もう少し積極的な説明を与えよう。

 さて、貧困の罠とはなんだろうか。私たちは普通、稼げば稼ぐほど、税金をとられるにしても儲かるには違いないと思っている。だから貧困の状態にある人にも「働ければいいのに」と簡単にいうが、しかしそれは貧困者の事情を知らないからである。福祉受給者が所得を増やして低所得者へ移行しようとすると、税金や社会保険料によってほとんど手元に残らない。だから、就労を妨げられている。これが「貧困の罠」。

 就労を妨げるのはこれだけではない。条件付きの福祉給付は複雑化しており迅速に給付が開始されることなどほとんどない。申請するほうも自分が条件にあてはまるか自信がないし、その調査に膨大な時間を費やす。一度出たらまた戻れるかわからない。戻れなければ悪くすると死ぬ。これが「不安定の罠」。

 

 ベーシックインカムはこの二つを同時に解決する。

 

 

 反対派は、低所得者層に金を渡すと無駄に浪費されると思っている。しかし実際のデータはそうなっていない。BIの試験プロジェクトでは、子どものための食糧や医療、教育など有意義な目的に使われる場合が多い。それに加えて、違法薬物やアルコール、タバコへの支出が減るのである。