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にんじんと読む「日本文学の特徴について(加藤周一)」🥕

日本文学の特徴について

 日本文学には著しい特徴がある。

  1.  文化全体の中での文学の役割に関わる特徴
  2.  その歴史的発展の型に関わる特徴
  3.  言語とその表記法
  4.  社会的背景
  5.  世界観的背景

文学の役割

 日本文化のなかで「文学」と「造形美術」の役割は重要である。

  •  各時代の日本人はその哲学を文学作品によって表現してきた。宮廷文化はさまざまな和歌や物語を生み出したが、哲学の体系は生み出さなかった。『日本の文化の争うべからざる傾向は、抽象的・体系的・理性的な言葉の秩序を建設することよりも、具体的・非体系的・感情的な人生の特殊な場面に即して、言葉を用いることにあったようである』(日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫))。
  •  また、日本人の感覚的世界は音楽よりも、造形美術によって表現された。もちろん音楽も作られはしたが、水墨画、南画、大和絵、浮世絵といったような絵画の歴史には及ばない。『ここでも、楽音という人工的な素材の組合せにより構造的な秩序をつくり出すことよりも、日常眼にふれるところの花や松や人物を描き、工芸的な日用品を美的に洗練することに優れていたのである』。

歴史的発展の型

 日本文学の歴史は少なくとも8世紀にさかのぼる。このように長い間断絶がなく、同じ言語による文学が持続的に発展した例は非常に少ない。中国の古典語による詩文だけが、日本文学よりも長い持続的発展を経験している。

 日本文学の歴史は単に長いだけではない。その発展の型に特徴がある。:有力となった文学的表現形式は、次の時代にうけつがれ、新しい形式により置き換えられるということがなかった。つまり新旧が交代するのではなく、新が旧につけ加えられる。たとえば俳句も短歌も、今もどちらも主要な形式である。

 もちろん消えたものもある。徳川時代の知識人が用いた漢詩の形式は今日ほとんど行われない。しかしそれはまったく特殊な事情によるのであって、原則は「旧に新をくわえる」である。能や狂言は、人形浄瑠璃、歌舞伎、そして大衆演劇と同時にある。どれひとつとして、あとからの形式に吸収されたものはない。

 そして「もののあはれ」「わび・さび」「粋」といった美的価値についても消え去ることはなく、新しい価値と共存した。

 

 日本文学は歴史的な一貫性が著しく、時代を下るほど多様になっていく。なぜ旧と新が対立しどちらかを消滅させる道を選ばなかったのだろう。このことを説明しなければならないことになるだろう。

 

言語とその表記

 日本の文字は漢語由来である。彼らは漢字を用いてひらがなやカタカナなど自らの文字文化を創り出していった。もともと使っていた日本語を、文字に落とし込む努力があった。

 日本語そのものについていえば、文学作品の性質と密接に関係している特徴がある。

  1.  日本語の文は、その話手と聞手との関係が決定する具体的な状況と、密接に関係しているということ。/たとえば敬語が典型的。あきらかな場合は主語も省略される。『そういう言葉の性質は、おそらく、その場で話が通じることに重点をおき、話の内容の普遍性(略)に重点をおかない文化と、切り離しては考えることができないだろう』。
  2.  日本語の語順。動詞を最後に置く。/この構造は西洋語とは正反対である。語順の特徴は建築にもあらわれているように思われ、たとえば徳川時代初期の大名屋敷の平面図は、大きな空間を小さな空間に分割したというより、部屋をつないでいくうちにその形に至ったように考えられる。/ほとんどすべての散文作品は細かいところに遊び、全体の構造を考慮することが少ない。源氏物語は全体の構造がないとはいえないが、全体との関連で語られることよりも、部分がそれ自身独立した興味のために語られている場合の方が多い。

社会的背景

  日本文学の著しい特徴の一つは、「求心的傾向」である。文学は大都会に集中した。もちろん地方には民謡や民話があるが、それが記録されたのは常に都会だった。経済が大都会を支えるに足るところまで成長し、政治的権力の独占に文化的活動の独占が伴うようになったのは平安時代以後である。それは京都において徹底され、十七世紀に商業都市としての大阪があらわれるまで、文学は京都のものだった。

 十八世紀以後の江戸文学はそれまでの京都・大阪という文化的中心を、京都・江戸という中心に移した。明治になると東京が中心となり、現在であっても著作家の圧倒的多数は東京かその周辺に住み、出版社の大部分も東京に集中している(この本は昭和50年)。

 

 大都会で文学とかかわりをもった社会的階層は時代によって変化する。これを文学的階層と呼ぼう。奈良(『万葉集』)においてはまだ固定されておらず、十世紀はじめ(『古今集』)においては貴族や僧侶となった。平安時代になると平安貴族が独占するようになった。文学的階層としての平安貴族の特徴は①傑作を生んだのは下級貴族、②女性が多かった。貴族権力の中心ではなく、その周辺から時代を代表する作品が生み出された。

 鎌倉時代となって武士が出てくるが、彼らは文学的階層とはならなかった。むしろ文学者や芸術家は疎外され、「世を捨てる」ようになった。武士が文学的階層になるのは徳川時代儒家漢詩文だった。時代を経るとともに武士のために書くものと町人のために書くものがわかれはじめ、次第に武士の独占ではなくなっていった。

 明治以後は江戸以来の町人や士族、そして地方の中小地主が文学的階層を作った。前者が森鴎外などの都会風なもの、後者は田山花袋などの都会からは少し離れたものをつくった。

 

 

日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫)

日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:加藤 周一
  • 発売日: 1999/04/01
  • メディア: 文庫