にんじんブログ

にんじんの生活・勉強の記録です。

MENU にんじんコンテンツを一望しよう!「3CS」

紙の歴史について

 甲骨・石板・粘土板・パピルス・羊皮紙(パーチメント)・竹簡、木簡

  •  古代殷王朝の時代(紀元前16世紀~紀元前11世紀)、亀の甲羅や獣の骨に火を入れたときにできるひび割れから吉凶を占い、結果を甲骨に刻み込んでいた。その際に使われていたのが現在の漢字の原型である「甲骨文字」である。
  •  パピルス古代エジプトで生まれた記録メディア。ナイル川に生育するパピルス草(カミカヤツリ)の茎を刃物で薄く広げ、重ね合わせて作る。紙とは製造法が異なる。記録方法が「刻む」から「書く」に変わった。軽く、扱いやすいため紀元前3500年頃から紀元後1000年頃まで長期間に使用された。エジプト特産品として輸出され、古代ローマ文明の開花を促した。/難点は折り曲げに弱く、傷つきやすいこと。また高価で、供給が不安定、かつ保存に難点があった。
  •  羊皮紙は羊や山羊の皮を鞣(なめ)して作る。鞣すというのは、動物の皮というものはほっとくとすぐに腐敗して駄目になってしまうため、脂肪の部分をそいでやったり、いろいろの工夫をしてこの欠陥を取り除く作業である。紀元前2世紀に発明され紀元後15世紀まで使われた代表的な記録メディアである。/パピルスに比べて柔軟で扱いやすく、書きやすかった。また保存にも適し、死海文書は紀元前2世紀から1世紀に書かれたものであるが羊皮紙で書かれたものである。さらに両面しようすることができ、これによって冊子体が生まれた。/しかし残念なことに、羊皮紙の製造はコストが大きかった。手間がかかり、高価になり、また分厚く、重い。持ち運びが容易ではなく、自由に読書するには向かなかった。
  •  一方、古代中国においては紀元前1000年頃から木や竹を短冊状に削り糸で綴じて巻物にした。ここにおいて「刻む」から「書く」に変わったのである。持ち運びは不便だが入手もしやすく加工が簡単だったため、紙が高価で清算が少なかった紀元後3,4世紀頃までは紙とともに併用された。

 「紙」がいつ頃生まれたかは定かではないが、紀元前150年頃のものが最古である。しかしこの頃の紙は包装材として使われており、書写のための紙としては紀元後105年の蔡倫という人物が発明したとされている。記録メディアとしての利用に耐えられるようなものとしての紙の発明である。

 蔡倫が発明した紙の製造方法は現在のものとほとんど変わりがない。①原料を灰汁で煮て、繊維を取り出す、②繊維を水中でたたく、③漉きあげる、④脱水・乾燥。紙はそれ以前の記録メディアよりも優れていた。

  1.  原材料の入手が容易で、また再生が可能。
  2.  薄く軽量で携帯性に優れる
  3.  丈夫で柔軟性があり、扱いやすい
  4.  折ったり、畳んだりすることができ、加工が容易

 欠点は火や水に弱く、耐久性に欠けるところだった。しかしその欠点をはるかにうわまわる利便性があったため、人々はその繊細な記録メディアの保存に注意した。これが図書館の発達を促した要因であるともおもわれる。

 紙はパピルスと同様に中国の専売であったが、6世紀頃に至って周辺諸国に製法が伝わった。最初は異教徒の国には伝わらなかったものの、900年頃にエジプトに伝わり、パピルスの文化を終わらせ、1150年にスペイン、1276年イタリア、1348年フランスと徐々にキリスト教の国々にも伝わっていった。その頃がちょうどルネサンス期と重なり、グーテンベルグの発明した印刷技術と合わさって、情報の伝達・知識の普及が大きく促されることとなった。

 日本にもたらされた年として確かなのは610年であるが、実際はそれ以前から使われていたと思われる。製造法を基本として改良を加えてできたのが「和紙」であり、これは図書の材料として優れており、現在でもつかわれている。製造の本格化は奈良時代からであり701年には「造紙手」が図書館に置かれている。

 和紙は高品質ではありさまざまな用途に使われたが、大量生産が不可能で割高であり、主役の座につくことはなかった。