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にんじんと読む「法華経とは何か(植木雅俊)」🥕 ①

法華経』成立まで

 釈尊は紀元前463年ー紀元前383年に在世していた。釈尊と直弟子から成る教団から釈尊入滅後教団分裂までを原始仏教の時代という。紀元前三世紀頃(-268~-232)、インド亜大陸をほぼ統一していたアショーカ王は現在のスリランカに仏教を伝えたが、それは教団分裂を危惧してのものだった。つまり彼の頃には教団分裂の危機が起こっていたが、決定的なものにはなっていなかった。

 釈尊入滅後に仏典の編纂会議が行われているが、それから百年後にも第二回仏典結集(編纂会議)が行われている。ここにおいて戒律の緩和を求めた出家者たちとの間に対立が生じ、ついに教団は保守的な「上座部」と進歩的な「大衆部」に分裂した(〈根本分裂〉)。その後も仏教はどんどんと分裂を繰り返していく(〈枝末分裂〉)。そのなかでも権威主義的で資金的に豊富だったのは「説一切有部」という部派であり、のちに小乗仏教として批判されるものである。大乗仏教以外を小乗仏教と括ってしまう向きがあるが不適切であり、ここに組み入れられない部派もある。説一切有部小乗仏教の代表のようなものである。

 ここまでが紀元前三世紀末までに起きたもので、アショーカ王の危惧は完全に現実のものとなった。

小乗仏教

 釈尊入滅後から既に、教団には徐々に変化が起こり始めていた。そのひとつが「在家」よりも「出家」している信者のほうが立場が上だという強調だった。仏教がばらばらに分裂した時代に入ると出家者が仏弟子のなかから在家の者を追い出してしまい、そのことが小乗仏教の「小さい」点だと大乗仏教が批判する点でもある。もちろん釈迦の言葉からは在家者だからといって軽んじたりと出家者だからといって重んじる姿勢は見られない。しかも小乗仏教は女性さえも仏弟子から追い出し始める。

 上座部系仏教は権威主義を強め、「出家中心主義」「隠遁的な僧院仏教」という特徴を持つ。つまり、出家して戒律を守り厳しい修行をし、僧院の奥深くにこもって禁欲生活に専念し教理の研究と修行に明け暮れる。小乗仏教は信徒たちに莫大な布施を要求するようになり、王侯たちから広大な土地をもらうとそれを小作人に貸し付けて作物を納めさせた。その頃インドはローマ帝国との交易がはじまり大きな利益を得ているものがおおく、彼らの莫大な金銭を受け、教団は商人組合にそれを貸し付けて運用した。紀元前後になると教団自体が大地主・大資本家と化しており、小乗仏教釈尊の教えとの矛盾を正当化するために「教団のためには利潤を求めるべし」と釈尊が語ったかのようにして戒律に盛り込んだりした。また出家者は現金に触れてはならなかったので財産管理人を雇いその人たちに貸し付けを行わせるなどの抜け道を考えた。

 

 

法華経とは何か-その思想と背景 (中公新書)

法華経とは何か-その思想と背景 (中公新書)

  • 作者:植木 雅俊
  • 発売日: 2020/11/20
  • メディア: 新書