第二章 腸の働きをつかさどる優雅な制御システム
ケーキを食べると味がして、喉を通るのがわかります。しかしある地点から何も感じなくなります。そこから先は「平滑筋」の領域です。平滑筋は自分で動かすことができません。コントロールできる筋肉は定規で線引きされたようにきれいに並びますが、平滑筋は網目状に絡まっていて波のように動きます。
腸は3層の平滑筋に覆われ、大変滑らかにそれぞれ異なった運動をします。これを指揮するのが神経システムです。特徴的なのが完璧に自立しているシステムだという点で、脳と神経を断ち切っても腸は動き続けます。
さて、ケーキの冒険をたどってみましょう。人間の体内でつくられる最も固い物質、それが歯です。人間の顎は奥歯に80kgもの圧力をかけるため、固くしなければならないのです。歯の攻撃から逃れようとするケーキを逃がすまいと、舌が押し戻します。お粥のようになったケーキを舌が捉え、喉の奥の天井に送ります。これが呑み込みスタート合図で、機械のスイッチを押すのと同じです。このとき呼吸は邪魔ですので口は閉じられます。
ケーキは5秒から10秒で食道を通過。食道はこの時、スタジアムのウェーブのように動きます。食道の入り口は自動で開き、波打って胃に押し込むので、逆立ちしても呑み込めます。この動きを「蠕動運動(ぜんどううんどう)」といいます。わたしたちが感じられるのは鎖骨のあたりまでで、そこで食べ物の感覚は消え失せます。そこから食道が平滑筋で構成されるようになります。食道の終わりはリング状の筋肉で閉じられていますが、蠕動運動に反応して8秒ほど開きます。その隙をみてケーキは胃に落ちます。出口は閉じ、わたしたちの呼吸は再開されます。
ケーキを受け入れた胃壁はぐっと力をため、ケーキを反対側に跳ね飛ばします。そうしてキャッチボールをはじめるのです。ごく小さな粒子になるまでつぶされます。0.2ミリメートルよりも小さくなります。そこまで小さくなるともう跳ね返らないため、胃の終わりに流されます。小腸の入り口は「幽門(ゆうもん)」と呼ばれ、監視しています。ケーキや米やパスタなどはさっさと通してくれますが、ステーキは胃で完全にボコボコにするまで、だいたい6時間は通してくれません。肉や揚げ物をたべたあとは甘いものが食べたくなりますが、これは小腸へ行くのが遅いため血糖値が上がらないからです。逆に言えば、腹がすぐに膨らむのは炭水化物ですが、満腹感はステーキのほうが長続きします。
小腸はおそろしく働き者で、元々ケーキだった物質を絨毛でどんどん前へ前へ押し出し、もっとこねくり回してボコボコにし、栄養を取り込んでいきます。これが中断されるのは有害物質のときだけ。つまり「嘔吐」するときだけです。ケーキのほとんどはこの段階で血液に溶けてしまいます。小腸はきれい好きなので後片付けをしますので、消化後2時間後に中を見てみるときれいに片付いていてにおいもほとんどありません。
この掃除のことを「伝播性消化管収縮運動」といいます。この掃除が出す音は皆さん聞いたことがあります。お腹がグーグーなる音です。あれは胃が鳴っているのではなく、小腸が鳴っています。ところで掃除が必要だということはそれだけ汚れているということですから、あまりご飯を噛んで食べないことへの小腸の不満ともいえます。小腸の終わりにあるのは「回盲弁」といいます。
大腸は割とおっとりしており、1日に3回から4回、水分を失ってかたまりとなった内容物を出口のほうへ押しやります。人によってはそれが一日のうちに便座に座る回数になりますが、まぁ週に3回でも問題はないでしょう。原因不明ですが、女性の大腸は男性に比べておっとりしていますので、もっと少なくなります。ウンチに問題がなければ別に気にしなくていいでしょう。