KleinのErlangenプログラム
いろいろの幾何を統一し、あるいは分類する原理として提案されたのが1872年、KleinによるErlangenプログラムである。まずある空間Ω(基礎集合)を考え、Ω上の図形を考え、その図形の性質を考える。ΩからΩへの全単射写像fで、図形Fに対して図形f(F)はもとと同種であり、f(F)もFのもつ性質を受け継いでいるようなものの全体をGとすれば、このGは変換群である。このことを逆に見て、集合Ωと変換群Gを与えた時、これによって不変に保たれる性質をΩ上の「幾何学的性質」と呼ぶ。即ち、幾何とは二つ組(Ω, G)のことで、変換群Gによってその性質が完全に特徴づけられる。
もっとも標準的には、Ωを2次元Euclid空間(=2次元計量アフィン空間)とし、線分の長さを保つような等長変換=合同変換を考えればこの全体は群となる。これを合同変換群といい、これにより生ずる幾何を「合同幾何」という。あるいは、長さの変化が定数倍で、写像で移したあとも任意の三点の長さの比が一定であるような変換=相似変換を考えればこの全体は群となる。これにより生ずる幾何を「相似幾何」という。合同変換は明らかに相似変換であるから、合同変換群は相似変換群の部分群を成すことがすぐにわかる。
ところで一般に基礎集合を同じくして変換群が異なっている場合には、その群が大きいほど幾何的性質はその制限を受けて少なくなる。図形Fが相似幾何的性質を持つとせよ。すべての合同変換fは相似変換でもあるから、やはり図形Fの持つ性質Pは合同変換によっても性質Pを不変に保つ。故に相似幾何的性質は合同幾何的性質である。たとえば「角の大きさ」は相似幾何的性質であり、合同変換によっても保たれる。しかしこの逆は言えない。たとえば「線分の長さ」は合同変換によって不変に保たれるが、相似変換においては定数倍の変化が出ることがあるからである。
このように考え来たれば、相似変換群よりも真に大きい変換群が気がかりになる。それがたとえばアフィン変換群である。アフィン変換は同一直線上の三点の長さの比が一定となるようなもので、これによってアフィン変換群を構成する。相似変換はアフィン変換であり、部分群を成している。アフィン幾何的性質は「ベクトルの和」「スカラー倍」である(a+b=c ⇒ f(a)+f(b)=f(c)、a=λb ⇒ f(a)=λf(b))。
「合同幾何 ⊂ 相似幾何 ⊂ アフィン幾何」
定義等々
Euclid空間は、n次元計量アフィン空間のことである。改めてここでその定義からはじめよう。まずは(にんじんにとって)一般的な定義から記述する(物理現象の数学的諸原理―現代数理物理学入門)。
空でない集合Eとベクトル空間Vをとる。EがVを基準ベクトル空間とするアフィン空間であるとは、任意のベクトルvに対してEからEへの写像Tvが存在し、以下の条件が成り立つことである。(1)任意のEの元であるP,Qに対して、Tv(P)=Qとなるv∊Vが存在する、(2)任意のu,v∊Vに対して、Tu∘Tv=T(u+v)が成立する。Vの次元がnであるときn次元アフィン空間といい、Vが内積空間のとき計量アフィン空間と呼ぶ。またTvはふつう平行移動と呼ばれる。
- ところでこの煩雑な定義は以下のように書き直すことができる。そもそもベクトル空間Vは加法について群を成すからEへの作用を考えることが出来る。この作用T:E×V→Eが推移的であることがそのまま(1)を意味する。そして作用である以上、任意のP∊Eに対して、T(u,T(v,P)=T(u+v,P)即ち(2)が成立する。ところでこの(2)の条件は即ち、作用の定義と同じくT(0、P)=Pを意味している。
- EがVを基準ベクトル空間とするアフィン空間とは、Eが推移的なV集合であることである。(1)によって存在するベクトルvを、PQ→と書くことにしよう。これは単なる記号法であり、それ以上の意味はない。
Vはn次元ベクトル空間であるから基底{ei}(i=1,…,n)が存在する。ここに一点O∊Eをとれば、任意の点P∊EについてOP→を一意的に表示することができる。このとき、一点Oと基底の組をアファイン座標系と呼ぶ。
WをVの部分空間とし、P∊Eを一点固定する。E(W,P)を{Q∊E│PQ→∊W}と定義すれば、これはWを基準ベクトル空間とするアファイン空間となる。これをEの部分アフィン空間と呼ぼう。そして1次元のときこれを直線、2次元のとき平面、n-1次元のとき超平面と呼ぶ。そうして、これに含まれる元は、そこを「通る」と呼ぶ。アファイン座標系についてLi={X│OX→=λei, λは実数}(i=1,…n)をこの座標系の座標軸と呼ぶ。
二つのr次元アフィン部分空間が平行であるとは、それぞれの基準ベクトル空間が等しい事である。次元の異なるアフィン空間が広義の平行であるとは、次元の低い基準ベクトル空間が高いほうに含まれることである。二つの部分アフィン空間W1,W2の共通部分はアフィン部分空間を作るが、これを交わりと呼び、∩でつなぐ。W1+W2もまたアフィン部分空間を作る(W1∩W2=Φのときは、W1+W2+λa[a=PQ→。ただしP,Q∊W1,W2を固定])。ところでW1+W2は、W1とW2を含む部分アフィン空間のうち最小のものである。これをW1とW2が張るアフィン部分空間と呼ぶ。
さて、二つのアフィン空間(E1,V1)(E2,V2)に対して写像f:E1→E2と線形写像Φ:V1→V2の組(f,Φ)がアフィン写像であるとは、f(P1)f(Q1)→=Φ(P1Q1→)が成立することである。ところでO1,O2∊E1,E2、V1→V2の線形写像Φを好きに与えた時、f(O1)=O2を満たすように一意的にアフィン写像(f,Φ)をとることができる。また(f,Φ)がアフィン同型写像であるとは、fが全単射でΦが同型写像であることと定義され、このとき二つのアフィン空間は同型であるという。この定義は実はV1とV2の次元が等しいことと同値である。
アフィン空間(E,V)について自己同型アフィン写像全体は合成によって群となる。これをアフィン変換群という。実際、(f1,Φ1)∘(f2,Φ2)=(f1∘f2,Φ1∘Φ2)と定義すればよい。
n次元Euclid空間とは、n次元計量アフィン空間の意である。当然、内積によってノルム、そして距離も定義される。アフィン変換と同様に、(f,Φ)が合同変換であるとは、(f,Φ)がアフィン写像であって、(a,b)=(Φ(a),Φ(b))が成り立つことである。こうすると合同変換は距離を保つ。またあるλに対してλ^2(a,b)=(Φ(a),Φ(b))が成り立つときは相似変換という。