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にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第四章

第三章 パターンの因果的影響力

本書を読み進めるためには、思考する存在が複数の記述レベルで説明可能なこと、およびそのレベル間の相互関係がどのようなものかをはっきり理解する必要がある。

わたしは不思議の環

  •   逆説的にすら聞こえるだろうが、ごく当たり前の事実を指摘しよう。「既定のレベルは何が起こるかを100パーセント決定するが、にもかかわらず起きたことに対しては何の意味ももたない」。
  •  たとえばこうだ。あなたは母が聞いていたショパンのとある曲を耳にして、その曲が大好きになった。もしも母がそのショパンの曲を聞くのが1ミリ秒遅かったらどうだろう。部屋にいる分子たちはまったく違う一生を送ることになっただろう。だが、確実に、あなたの人生にはなんの影響もない。分子はそのまったく異なる振る舞いのなかでも、やはり「あなたがショパンのその曲を好きになる現象を引き起こしたはずだ。もちろん、空気が振動しなければ音は伝わらないが、そうした基底レベルの物語は、それより上位レベルの事象を生じさせる役割しかない。分子たちのライフストーリーはどうでもよい。『つまり上位レベルは安心して下位レベルを無視することができる』(p.60)。

 ここに摩擦ゼロのビリヤード台があり、その上には””シム””という特殊な磁気をもった極小ボールがいろいろ動いている。特殊な磁気というのは、シムが低速で他のシムにぶつかるとくっつくという性質をもつ。シムボールの完成だ。この台の上にはビュンビュン飛ぶシムと、ほとんど動かないシムボールとがある。

 あなたがつまらなくなって台を蹴ると、当然、台の住人たちの運動は変化する。外在的な出来事を内在化しているといってもいいし、外界の歴史を反映するといってもよい。シムボールの配列から何かを読み取る人がいれば(たとえば星座みたいな?)、出来事を記号化しているともいえるだろう。シンボル化だ。

 還元論者たちはシムボールはシムによって構成されているので、本質的ではないと言い出す。いや、だってシムボールってシムでできてるやん。シムの動きさえわかればええやん。確かにその通り! 問題はそのあとだ。たとえば山というのはほかのものから区切られているからこそ山なのだが、分子はいつも勝手に飛び回っており境界線などない。還元論者は巨視的なものの見方をすべて捨て去ることになる。そして恐ろしいほどの数のシムを相手にする。宇宙開闢以来、すべての運動を追いかける羽目になる。私たちはパンをパンとして見、分子の塊とは見ない。

 シムボールは安定している。私たちはぶつかってくるシムのことなど気にしない。ちょっとズームインして、寄ってみると、安定しているシムボールの表面では激烈な戦闘が起こっていることがわかる。グラスの水を拡大すると、水分子がぶつかり合うのが見えるように。

 

 第四章 ループ、ゴール、そして抜け穴

  •  水洗トイレの中を覗いてみると、タンク内の水量を一定レベルに保持するように「努めている」様子がわかる。この擬人的な表現を不自然なものだと感じるだろうか? 単純なシステムの動きを目標志向に捉えるのはなぜ不自然なのだろう。水洗トイレがタンク内に水を「欲している」というような言い方をされると「あり得ない」と言いたくなるのだ。
  •  目標とは、フィードバックである。フィードバックをもつシステムは、出力を入力に送り返して、もとの出入力が正しかったかをチェックし、誤差の補正を行う。なにごとかに目標があるかどうかは一見して明らかではない。たとえば道端の溝をボールが転がっているとしよう。溝はボールよりも少し広いので、ぼんぼんと左右に触れながらどんどん落ちていく。このとき、ボールは溝の中央線を目指しているといえるのだろうか。今度は植物を見てみよう。一見して、植物は不動でありなにか目標を持つとは思えない。しかしだれもが知っているように、植物は周囲の環境を感受して活動している。
  •  フィードバックループがあると、人間はその記述レベルにおいて「目標が存在しない力学レベル」から「目標志向」へと誘導される強い圧力を感じる。実は後者は前者の言い換えにすぎないのだが、それが淀みなく洗練されたものであればあるほど、私たちはどうしてもそれを目標志向的に捉えてしまう。とはいえ、単純なフィードバックループでさえ、中身をじっくり見るとけっこう込み入っている。たとえばスピーカーとマイクを考えてみよう。スピーカーの出した音をマイクが拾って、スピーカーがそれよりもk倍高い音を出すシステムだ。これを数万回繰り返したら音波で建物が吹き飛ぶだろうか? そんなことはない。建物の前にシステムが壊れる。システムが壊れる前にシステムがどこかで飽和する。音の増幅が止まってしまう。
  •  シカゴは人口の多い都市である。『シカゴ』は三音節である。『『シカゴ』』は『シカゴ』という名称について語り、『『『シカゴ』』』以降同様。鏡に映される鏡。……ループは魅力的なものだが、同時に人を恐れさせてもきた。数学者のラッセルが集合論の自己言及パラドックスに遭遇したとき(すべての集合の集合は集合か?)、彼はループ性を追放することでこれを解決しようとした。:〇〇という語を使うのに、〇〇自身に対して〇〇を適用してはならぬ。だが、語という語が語で何がいけないのか?