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にんじんと読む「味わいの現象学 知覚経験のマルチモダリティ」 第二章

第二章 感覚のスペクトル

 感覚様相相互の区別といったものの、果たして「五感」とはっきり言ってしまえるほど、正確に数えられているのだろうか。いったい何を規準にそんな風にいっているのか。グライスは四つの基準を挙げた。

  1.  知覚の対象がもつ色や音などの固有の性質
  2.  (見ることや聞くことなど)知覚経験に内在的に備わる固有な特徴
  3.  光や音波など、知覚を引き起こす刺激の性質
  4.  眼や耳など、感覚器官の種類

 結論からいえば、この四つの規準のうちひとつを選ぶ必要はないし、選ぶことはできないことが理解される。つまり感覚は多次元的な仕方で決定されているというのが本当のところなのだろう。そうすると、結局、規準をばっちりと決定することはできないということだ。そのつど感覚を用いて生活している知覚者の状況に応じて適切なものを見出していくほかはない。「匂いを見る」というような知覚経験が自然であるような生活を送っているかいないかで、個別化は影響を受けるだろう。

 シュトラウスは感覚様相の連関と区別のモデルを与えた。感覚様相は世界へのかかわり方、自己の身体とのかかわり方が異なる。一方の極は、なんらかの対象に向かうという意味で「思考的要因」と呼ばれ、もう一方は対象から影響を被るという意味で「パトス的要因」と呼ばれる。前者においては対象に気づくこと、後者では身体を経験することが焦点化される。視覚は志向的要因が顕著で対象への距離が増大するが、触覚や痛覚は対象との距離が短くなる。これによって感覚様相が一本の線のもとに並ぶ。色彩のスペクトルのように、それらは相互に還元不可能でありながら比較可能になっている。どこに位置しようとも、二つの契機のどちらもが完全になくなるということはない。どの感覚様相も自我と世界のコミュニケーションというあり方の一側面を示している点で最初から全体へ結び付けられ、相互に連関している。

 動物が生活している環境は、物質・媒質・両者を区分けする面といったのはギブソンである。媒質とは空気や水のことだが、ギブソンはこの「媒質」を重要視した。媒質の一般的性格は透明性であり、光を透過させ媒質内に占める対象に関する情報をたっぷり含んでいる。媒質は振動ないし圧縮波を伝達し、科学的物質を素早く拡散させる。このように媒質というものは情報を用意し、知覚を可能にするのである。この観点にたてば知覚は刺激を受け取ることではなく、媒質内の情報をピックアップすることによって成立する。したがって感覚様相を特徴づけるのは刺激ではなく、媒質内の情報のあり方だということになる。媒質は固体とちがって運動を妨害せず、支援し、運動を可能にする。知覚に情報提供する機能をもつとともに、行為することをも可能にしているのである。このように理解するなら、動物の感覚について私たちが或る程度把握できるのも一定の説明がつく。まったく理解できないものではなく、知覚システムが環境構造に適応することによって進化してきた以上、火星人ほどには人間と違ってはいないと考えるのは自然なことだ。

  •  媒質の機能を知覚と運動を可能にすることだとすれば、触覚や味覚というおよそ媒質と関係がなさそうな感覚も理解できる。特に触覚の場合、もし対象についての情報を獲得したいなら、身体を動かさなければならない。逆にいうとそのような感覚さえ、身体運動が可能となる媒質が必要であることを示唆している。
  •  五感というものが当たり前の区分になっていることも、新たな光を当てることができるだろう。それは私たちがなにかに注意を払うときのおなじみの方法におおまかに対応している。「耳ー頭部」「手ー身体」「鼻ー頭部」「口ー頭部」「眼ー頭部」という感覚器官を含んだ身体の調節である。