にんじんブログ

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(日記)元気のなさ百倍

2024.06.02記

 元気なんてものはよく寝て、適切なものを適切な量だけ食べれば得られる。食事に関してこのように細かく注文をつけないといけないのは、寝るには限度があるが食べるにはないからである。しかも大喜びで食う。世の中には眠気がとれず日がな一日寝る羽目になる人もいるが、大喜びでは寝ない場合のほうが多い。通常の回復方法では取り扱えないほどに深刻なエラーがでているのだ。

 このブログを始めた当初から言い続けているが、仕事ほど厄介なものはない。仕事さえなければどんなにいいだろうと思う。ただ何事も裏表があるもので、仕事というのは人とのつながりを実にお気楽便利に生み出すことができる。これはいいところ。なにしろ雇用されたが最後、確実に研修らしきものがあるしどんな仕事でもわずかばかりの協力はあるものだからだ。問題はこの人間関係が鬱陶しくなることで、しかも仕事が生活を支えているとなると辞められもしない。以上からすると、仕事はやらないほうがよい状態でやるのがよい、ということになる。だがやらなくてもいいのに誰が好き好んで仕事などするものだろうか。仕事をしなくてよくなって、人と会うこともなくなれば、人恋しくなって雇用契約を結びたくてたまらなくなるのかしら。公共図書館に来て女性司書さんに絡んでいる面倒なじじいに必要なのは雇用契約なのかしら。

 いっそ仕事などすっぱり辞めてしまって、食事もうんと質素にして、暑い夏の日には図書館で涼んだり寒い冬の日にはたくさん着込んで散歩して、水で体を洗って頭も刈ってしまって、静かに暮らすのはどうだろう。そう空想してみると、まあそれはそれとして、頭の片隅にはまたあのじじいが顔を出してくる。肩には死神がとまってるよ。死神に挟まって老いがこちらを見ているよ。ひどい病気をしたらどうしよう。生活習慣病なんていって全部こっちのせいにしてくるけど、どうせパーフェクトな生活をしてたって生活習慣病にかかるくせに。でもお金があったところで病気にはかかるし老いるのだから関係ない気もする。でも、お金があったらいろんな保険も入れて安心だし、いろんなサービスも受けられるし、病院のベッド代だって簡単に払えちゃうかも。

 物語はいつも小学生~高校生のものだ。日本の作品はとくにティーンが主体である。そして中年になっても若い連中の話しか見ない。夢や希望のあった時代は過ぎ去り、物語のない年齢へ達してしまったのだ。たしかにまあ、大人がなにかしようとすると法律がどうだのうるせえから、『秘密基地』だって不法侵として取り上げられちゃうだろう。それに友達もいないしね。金もかかる。「大人な楽しみ方」もわからないからね。どんだけ楽しもうとしても大学のサークルみたいなノリばかりになるのはそういうことではないかなと思う。幼稚園児におままごとがあって、小学生に秘密基地があるように、大人にも「大人な楽しみ方」があると思うのだけど――――あの頃、お金がそれほどでもなかったのは、やはり保護されていたからなのだなあ。