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にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第三章

第二章 ウィトゲンシュタインと『宗教的経験の諸相』

第三章 ウィトゲンシュタインと『心理学原理』

 ウィトゲンシュタインはジェイムズのことを幾度となく言及し、最晩年に至るまで彼を批判し続けている。だがだからといって、彼から何も学ばなかったわけではないし、「本物の人間」とまで言わしめている。また、こうも書いている。

 

《哲学の仕事がどれほど必要とされているかは、ジェイムズの心理学によって示されている。心理学は科学であると彼は言うが、にもかかわらず、彼は科学的な問題はほとんど論じていない。彼の動きは、自分が捕らえられている形而上学という蜘蛛の巣から逃れようとする(かずかずの)試みにすぎない。彼はまだ歩くことも飛ぶこともできず、ただもがいているだけだ。そうしたことは、興味深くないというわけではない。ただ、科学的活動ではないというだけだ》

 

 ウィトゲンシュタインは彼の行う科学的ではない活動を強調し、もがいていることを興味深いと評価している。だからこそ、ジェイムズは哲学的治療を必要としている者として、ほかの哲学者たちと区別される特別な哲学者として、多大なる賞賛と尊敬を与えられているのだ。哲学者のなかには「問題の喪失」といったような病気に罹っている者がいて、そうした人たちは何かを解決したつもりになって、「すべての事柄がまったく単純」で「深遠な問題など存在しない」風になっており、「限りなく浅く陳腐」なものを書く。

 ウィトゲンシュタインは、ジェイムズの主著『心理学原理』を読みこんだ。これは科学としての心理学を目指しながら、一方で科学からの逸脱、科学に対する批判を含んでいる。ジェイムズがこの原稿に十二年費やしたとき、彼はこの本が「証言しているのは」、「心理学の科学など存在しないということ」だと述べている。著者本人のこうした言葉にもかかわらず、この本は興味深いものとなった。ここにはジェイムズの基本的な経験主義的コミットメントが現れている。そうしてウィトゲンシュタインが苛立っていたのもジェイムズの持つ「経験主義」=「経験は十全な基礎的カテゴリーである」であった。たとえばジェイムズは《内観による観察は、我々が何よりもまず常に頼らなければならないものだ》と書いているが、ウィトゲンシュタインにすれば、それは心に関する重大な錯誤の源泉だった。

 

 さて、ジェイムズは、自分がしていることは「現象」をただ記述することだと考えている。一方、ウィトゲンシュタインは「概念」を相手にする。現象ー概念について、ウィトゲンシュタインははっきりと、

 

《我々が分析するのは現象(たとえば思考)ではなく、概念(たとえば思考という概念)なのであり、それゆえ語の使用なのだ》

 

 と書いている。現象、経験は頼りになる固い地盤を私たちに与えるように思えるが、それはまちがいだ、と。第一章で既にみたように、ウィトゲンシュタインの「概念」は生活形式から生じ、言語ゲームをすみかとし、経験的な、歴史的な傾向を持っている。『論考』を書いていた頃のウィトゲンシュタインは概念を永遠的なものとして据えていたから、これは後期に至り、彼が経験主義に傾いたともいえるかもしれない。だが、彼は経験主義者ではない。概念と経験の決定的な区別を、彼は保持し続けた。

 概念には私たちの生に結びついた決まりがある。チェスにおける「チェックメイト」という現象について、最後の一手をじっくり観察することによってそれが何を意味するか見出すことができるだろうか。駒の動きとチェス盤は見ることができても、それをチェックメイトたらしめている規則など見ることはできない。それは規則が隠されているからではなく、《私たちの「自然誌」のなかで現れる「社会的事実」》だからだ。

ウィトゲンシュタインは規則について、行き過ぎた主張を避ける。規則は形而上学的な領域、つまり人間からはまったく独立した領域、たとえばイデア界などに刻み込まれているなどとは思わない。また、規則は完全無欠な精密機械でもない。だが一方で、規則は全て使う人の解釈に任されているのだという過激な規約主義も避ける。

 

 一方、ジェイムズが言語の意味について考えるときは、やはり経験こそが意味だと考える。彼は「そして」「もし」「または」のような語の使用に伴う特定の感じについて述べている。だがウィトゲンシュタインのいうように、《「リンゴとそして梨を僕にくれ。そして部屋から出ていってくれ」というとき、二つの「そして」を発音する際に、同じ感じがするだろうか」》。

 

《「語の意味というものは、語を聞いたり口にしたりする際の経験ではないし、文章の意義はそのような経験の複合ではない」》

 

 ジェイムズはたとえば「意図」といったような「心の状態」を、主観的で心理学的な出来事とみなす。そしてそのことによって、私たちの言語の使用や思考における技法・制度・習慣・状況の役割を忘れる。

 

 

 さて、ジェイムズは「自分がしていることは「現象」をただ記述することだ」と考えている。この説明的なものから記述的なものへの動きを、研究者たちは「プロト現象学的〉と見なす。心理学者たちはどうしても無意識の心的過程について詳しく主張したくなってしまうのだが、それは神話にすぎない。私たちはこうした要求に抗わなければならない。ただ記述することに努めなければ……、これがジェイムズの勧めである。

 この勧めと、ウィトゲンシュタインの考えは類似している。

……我々はいかなる種類の理論も立ててはならない。我々の考察においては、仮説のようなものが許されてはならない。あらゆる説明は捨て去り、記述だけがその代わりになされるのでなければならない。

 哲学はあらゆることを眼の前に置いてみせるだけであって、何事も説明せず、何事も推論しない。――あらゆることが公然とそこにあるのだから、説明すべきことは何もない。なぜなら、隠れているようなものに、我々は興味を抱かないからである。

 哲学をしているとき、我々は、感じ(feelings)を実体化したくなる――そのようなものはまったくないところで。

 

  ひとが私に、「君は今朝自分の部屋に入ったとき、自分の机を再認したか」と尋ねれば、――私はきっと「もちろん!」と言うだろう。にもかかわらず、その際、再認という行為が生じたと語ることは、ひとを誤らせる。その机は私にとって、もちろん奇異なものではなかった。私はそれを見ても、他人がそこに立っていたり異様な事物があったりしたときのように驚きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第一章

第一章 プラグマティックな経験の諸相

ウィトゲンシュタインは、その生涯の最後の年にこう書いた――「つまり私は、まるでプラグマティズムのように聞こえることを言おうとしている。ここで私は、ある種の世界観(Weltanschauung)によって妨げられているのだ」と(OC,422)。

ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ――プラグマティズムの水脈

 ウィトゲンシュタインの第一の関心は、他の記事でも書いたように、言語的混乱の「治療」である。だからなにか特定の立場に彼が与することは恐らくないのだが、彼はこの引用のなかで、自分がプラグマティズムに与すると誤解されるのを心配している。

 まずウィトゲンシュタインのいう「プラグマティズム」を理解しよう。彼の著作である『確実性の問題(ウィトゲンシュタイン全集 9 確実性の問題/断片)』において、こう書いている。

 

我々の知識は、ひとつの大きな体系をなしている。我々が個々の知識に認める価値は、この体系のなかでのみ成立するのである

「地球ははるか昔から存在していた、と我々は想定する」とか、それに類したことを私が言えば、これは明らかに異様に聞こえる。そんなことを想定しなければならないというのが異様なのである。にもかかわらずこの命題は、我々が営む言語ゲームの体系全体の基礎にあたるものである。この想定は、言うなれば、行動の基礎であり、したがって当然思考の基礎でもあるのだ

 

 著者によれば、これらの文章は彼とプラグマティズムの共有点をふたつ示している。

  1.  すべての経験的命題や信念が、同じ役割を果たすわけではないという認識
  2.  行為と思考が相互関係にあるという認識

 すなわち、ふたつめの引用で行為が「思考」に先立つことを示唆している。一方、明らかなように、行為は特定の諸信念を背景として生じるが、ひとつめの引用で、それらの信念が体系内において特定の基礎的価値を持っていることを指摘し、あらゆる信念が同じ役割を果たしているわけではないという考えを表明している。

 そうした信念のうちにはたしかに「基礎的」ではあるものの、それは「真理」とは異なるものであり、論理的に導き出されるものでもなくむしろ探求の埒外にある。わたしたちの行う説明はたしかに終わるのだが、それは最後の証拠(~だから。)が究極的に正しいというからではなく、その行為そのものが、その言語ゲームが形成されるための背景を成すからこそ、終わるのだ。それ以上行くと、意味がわからなくなる(「地球ははるか昔から存在していなかった」なら)。

 彼はこうした「背景」を「世界-像(world-picture)」と語る。世界像とは命題ではなく、一連の行動つまり生活形式としかいいようがないものだ。世界像という探求の埒外にあるものは暗黙のうちに決定済みであり、その背景のなかに息づく人間の文化がそれを決めている。「地球ははるか昔から存在している」といったような命題は、背景であり、私たちの行為と実践に固く結びあわされている――もし一秒前に地球が誕生したなら、そんな急にひょいと現れるようなものなら、どうして引き出しのなかに書類があるだなんて今も信じていられるだろう。それは事実上疑いをさしはさまれることはないし、そんなことをしても意味がない。疑ってみたところで、私たちの信頼はぴくりともぐらつかない。一方で、引き出しのなかにたしかにさっきしまった書類があっても、別に「地球ははるか昔から存在していた!」と安心したりすることもない。それはすでに””確実””なのだ。

 地球の存在というデカい話に限らず、特定の人間にしか当てはまらないようなものもこういう枠組み的命題の仲間に入れる。たとえば「私は小アジアに行ったことがない」とか。注意すべきは、それはあなたにとっては確実だが、たとえばトルコの人の枠組みではそうではない。それでこう訊かれる。「どうして行ったことがないとわかる?」それでこう答えるしかない。「私はそれを考え出したわけでも、だれかに教わったわけでもない。私の記憶がそう告げるだけである」もしこれが誤っているなら、私はありとあらゆる判断をひっくり返す必要に迫られる。問題は小アジアに行ったことがあるとかないとかに限られなくなる。

たとえば仮に、彼の確固たる記憶に反して、ウィトゲンシュタインは実は小アジアで何年も過ごしていたことが明らかになったとしたら、自分がノートを机に置いてきたとか、自分は今イングランドにいるとかいった[ごく当たり前の]ことを、どうして信じられる――信じている自分を信頼できる――だろうか。

ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ――プラグマティズムの水脈

 このようなウィトゲンシュタインの記述は、懐疑主義者に対する応答にもなっている。ところで《このような懐疑主義への適切な応答を見いだすことは、ウィトゲンシュタインの主要な関心事であるのに対して》、プラグマティストはそもそも、懐疑主義的な問いへの応答を避ける傾向にある。というのも、たとえば彼らの考えには懐疑主義者なら疑問視するような内容が始めから組み込まれているからだ。

 もちろん枠組み的命題が誤っているような異常な状況を考えることはできるが、もし同じようにすべて疑ってかかるなら、もはや「誤り」が何を意味しているかすらまったく理解できなくなる。やはりたしかなことは、枠組み的命題が、知識の獲得をめざす探求の途上にあるものではないということだろう。

 

 さて、結局、彼が「まるでプラグマティズムのように聞こえることを自分は言っている」と書いたのは何故だったのか。それは世界像、つまり実践や行為に根付いた思考の足場について語っているからだ。だがその取扱いは二者の間で大きく異なり、「今日本にいる」という世界像を確証するのは感覚や経験ではなく、自分の「思考」なのだが、もしプラグマティストなら、その考えは今、現に経験していることと調和するからというだろう。即ち、探求の途上にないか、または、あるかという違いがある。

 プラグマティズムの決定版のテクストである『プラグマティズムプラグマティズム (岩波文庫))』を書いたのはウィリアム・ジェイムズであるが、彼はここでウィトゲンシュタインの考えに対応するものについて書いている。ジェイムズによれば、《個人の信念はひとつのシステムを成しており、その古い諸部分は、生じる混乱ができるだけ小さくなるような仕方で新しい考えと接合されている》のである。このシステムは時の流れとともに開発が進むのだが、システムを抜本的に改革するときであっても、””ある特定の諸信念””だけは大切に保持する。これを「常識」という。「常識」は、システムがどれだけ変わろうが生き残って来たのだ。

 ウィトゲンシュタインと決定的に袂を分かつのは、このすぐあとである。ジェイムズはこの「常識」を、祖先たちが「発見したもの」だと語り、「知識」だと語る。二者はある一定の意見や思考様式がそのシステムのなかで確固とした場所を占めていることを一致して認めている。ジェイムズは、私たちのものの考え方が歴史を背負ったものであると指摘する。世界に関する思考は常識・科学・哲学的思考という三つのレベルがあるが、それは語り方の違いであり、どれかが優れて真だということではない。常識もまた修正される余地がある。ウィトゲンシュタインもまた枠組み的命題が真であるとは言わないし、また、歴史を背負っていることも認める。

 だが二者は決定的に異なる。

  1.  「論理のもたらす確実性は、私たちがおよそ「知識」と呼ぶものとは類を異にする」とウィトゲンシュタインはいう。命題はさまざまな使われ方をし、時にはテストされるべきものとして、時にはテストの規則として取り扱われることがある。だがそのことは私たちが、何が論理的真なのか、ということを決定できるという意味ではない。私たちは言語ゲームを選択することなどできず、また、言語というものは何らかの推論的思考によって生じたわけではないのだ。他方、ジェイムズは、新しい事実をシステムに適合させることを新しい習慣を身に付けたり、欲望を満足させたりするという問題であるかのように述べる。彼が書くものの中に、ウィトゲンシュタインのような「基底的次元にある命題を肯定したり否定したりしようとしてもまったく無意味なことだ!」という響きはまったくない。地球は五分以上前からあったとだれかに教え聞かせてやることに一体どんな意味があるのか。彼は歴史的文脈を認めるのだが、ある種の疑いや言明については、そもそもそれ自体可能ではないと考えている。論理というのは人間の行為に埋め込まれている特定の諸命題を示すけれども、だからといって、たとえば「五分以上前に地球があったぜ!」と””主張””などできない。ジェイムズが論理に取り組むとき、それは心理学的・唯物論的な説明になる。彼にとっての論理学の堅固さとは心にもともと備わった構造、つまり脳を発達させてきた内在的能力によって説明され、脳の構造に具現化されている。論理学とは「思考の仕方」にすぎない。だが、そのように論理を理解することこそ、ウィトゲンシュタインからすれば致命的である。
  2.  ウィトゲンシュタインは「哲学」と「科学」を徹底的に切り離している。一方、ジェイムズは哲学はより科学的になりうるしなるべきだと考えている。これは論理実証主義者たちと同じ考えであり、ウィトゲンシュタインが抵抗を感じた部分だろう。ジェイムズによれば、信念の正当化は経験的な事柄であり、いかなる場合もそうである。だが、《私たちが、自分たちの基準枠を構成する言語ゲームを習得するのは、説明によってではない。なぜなら、もし説明を理解できるのであれば、言語をすでに身につけていることになるからである》。言語を習得するとは、《人間的生活形式の習得》なのである。「私の世界像は、私がその正しさに納得したから……私のものになったわけではない」。ジェイムズは「常識」的諸信念に辿り着く物語を、あまりにも知性化している。もちろん彼も世界像の多くが科学によって到達されるわけではないし、ほとんどの世界像はテストすらされないことも認めるが、あくまでもジェイムズは、文化も含む進化の功績に帰されるべきことを、「先史時代の天才たち」の功績だと言い張る。

 プラグマティストたちとの線引きをするために、ウィトゲンシュタインが「有用性」について語っている節は参考になるかもしれない。

 私たちはなぜ考えるのだろう。ある一派、つまり還元主義者の一部は、「割に合う」からだと答えるだろう。つまり、そうすることが有用だから、私たちは考えるのだ。ウィトゲンシュタインは、考えることが割に合うケースがあるし、そこで作り上げられた像によって、たとえば「地球は丸い」といったような像によって、私たちがいろいろなことをうまくやれるようになることを認める。とはいえ、彼は思考作用はすべて割に合うから為されるとは言わない。それは一律に適用できるプラグマティックな原則に根ざすというよりも、むしろ、習慣と本能、感情と行為に根ざす。

 プラグマティズムは私たちの信念体系を知性化しすぎる。実はジェイムズも、以前にはこの本能的な層に気づいていたのだ。彼はこう書いている。

なぜひとは、そうできるときにはいつも、堅い床ではなく、柔らかなベッドの上に横たわるのだろう。なぜ寒い日には暖炉のまわりに座るのか。なぜひとは部屋の中では、十中八九、壁ではなく部屋の中央に向けて座を占めるのか。……そうするのが人間のやり方であり、またどのような生き物も自分なりのやり方を好み、当然のこととしてそれに従うようになるのだとしか言いようがない。科学がこれらのやり方を考察するようになり、それらの大部分が有用であることを見いだすかもしれない。けれども、こういったやり方に従うのは有用だからではなく、我々がそれに従う瞬間に、こうすることが唯一の適切で自然なことだと感じられるからなのだ。

ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ――プラグマティズムの水脈

 

 人間の実践の深層に根差した信念のネットワークについて、二者の見方を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第五章まで

第三章 「頑張り」=努力主義と日本社会

 日本には「誰でもやればできる」という能力平等観が根強く存在しており、それゆえにこそ忍耐・努力が重視される。これに対してアメリカ・イギリスでは能力素質説とでもいうべき、不平等観が強い。

 また頑張ることについてのもう一つの文化的要因は「同調主義」にも求められる。なにしろ、1924年生まれの多田道太郎の証言によれば、頑張るという言葉はむかしはあまり使われることはなく、仮に使われたとしてもそれは「頑張る」=「我を張る」=「我意に固執して譲らない」といったような悪い意味だった。この頑張るという言葉が好意的に受けいれられだしたのは昭和になってからである。戦後日本のアメリカ化・個人主義化に、従来の同調主義がその下支えをしたと多田道太郎は見る。いわば同調的個人主義、おたがいに頑張っているわれわれ、頑張りの共同体といったものとなった。

 「能力平等観」「同調的個人主義」という文化的背景要因は、要因ではあるものの、直接人々に頑張ることを働きかけるものだと一概にはいえない。そこで今度は具体的な制度に目を向けて、頑張らせる仕組みを探っていこう。それは「傾斜的選抜システム」である―――竹内洋によれば、現代社会は社会的成功が「選ばれる」ことによって得られる「選抜社会」である。かつまた、日本の選抜の特徴は「傾斜的」=たとえば偏差値などによって学校が総序列化されている。この偏差値は小数点第一位まで算出され、たとえわずかな偏差値の差であっても傾斜をのぼることができ、頑張る気にさせられる。

 

「能力平等観」「同調的個人主義」+「傾斜的選抜システム」→ 頑張りが根付く

 

 しかしそのような目で見た場合、大きな目で見ると、今後この努力主義は衰退していくことになるだろう。

 

第四章 「頑張る」時代の変容

第五章 「頑張らない主義」の台頭

 頑張らないことへの価値の位置づけが変わり始めている。1998年頃以来、「頑張らない」ことを謳った書籍・雑誌記事・キャンペーンが増加傾向にあるのだ。人生論の分野でもこのテーマで多く出版され、がんばり過ぎからの脱却をすすめだしている。経済界でもケーズデンキは「がんばらない経営」をかかげ、業績を伸ばした。

 これらはバブル経済崩壊後、安泰とされてきた大企業が相次いで倒産し、終身雇用制度が崩壊したことにより努力主義が本格的に疑われるようになったことが要因と思われる。

 

 

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第二章

第二章 中根千枝「タテ社会」論からみた「頑張り」

 中根のタテ社会論は多くの誤解にさらされてきた。それはタテ=上下の関係、ヨコ=平等な関係といったような誤解である。その中でも最も建設的な批判は竹内洋による「同期」の問題である。

 彼は日本社会をタテ社会とすることは、個々の事情を無視して強引に基準をあてはめる””プロクルステスの寝床””の危険性をもっていることを指摘し、タテ社会のなかにあるヨコの関係を見えづらくする「同期」という具体例を挙げた。同期とはふつう私たちが日常使っているような意味で、つまり、入社年次や入学・卒業年次を同じくする者のことである。これは先輩や後輩といったタテ関係とセットになったものであり、同期意識が強いと当然長老主義的秩序も強まり、また、そうした長老主義的秩序が強いとやはり同期意識も強くなるはずである。すなわち、タテとヨコはお互いに強め合っているのだ。

 これに対して中根は反批判を行っている。一言でいえば、中根のいう「タテ」「ヨコ」と竹内のいうそれらの範囲が異なっているのである。竹内のいう「ヨコ」の関係というのはすべて、「場」によって限定された集団内部の「ヨコ」であって、中根のいう組織構造としてのヨコの機能を持ちえないものなのだ。

 

 

 

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第一章 

第一章 「頑張り」=努力主義と平等の日本的文脈

 まずは「平等」ということの日本的な位置づけについて確認する。

 中根千枝『タテ社会の人間関係 単一社会の理論 (講談社現代新書)』は、《社会構造の分析に関する新しい理論を提出》するものである。

 社会構造というものは、個人と個人、個人と集団、個人からなる集団と集団の関係である。社会集団が構成されるのは「資格=社会的個人の一定の属性(氏・素性・学歴・地位・職業・血縁集団、カースト集団)」と「場=一定の地域や所属機関など、一定の枠によって、一定の個人が集団を構成していること(R大学の者等々)」という二つの異なる原理によるものであり、各個人は資格と場によってさまざまな社会集団に属する。

 このようにして見たときに興味深いのは、資格と場のどちらか一方を優先は社会によって異なることである。それが日本社会(場重視)であり、他方ではインドのカースト制(資格重視)である。場によって個人が所属すると、現実的には個人は一つの集団にしか所属できない(場を出ると集団を出る)。また、資格によって個人が所属すると、いろいろな集団に同時に身をおくことができる。

 ここで導入されるのが「タテ」と「ヨコ」である。資格の異なるものを包む社会集団において、その構成員を結び付けるのは理論的には当然「タテ」関係=同列におかれないA・Bを結ぶ関係になる。タテ関係は親子・子分関係・官僚組織によって象徴される。一方、資格が同列の場合は「ヨコ」関係になる。ヨコ関係はカーストや階級的なものへと発展する。ヨコ社会は「能力差」の闘いになるが、タテ社会は「順番」がある。

 日本の序列偏重は能力平等観と相関しており、つまり「誰でもやればできる」ので、能力差は序列による差ということになる。日本人はそれにどれだけ打ち込んで来たかという努力には注目する。

この根強い平等主義は、個々人に(能力のある者にも、ない者にも)自信をもたせ、努力を惜しまず続けさせるところに大きな長所があるといえよう。(中略)金持ちの息子は苦労がないからおめでたく、バカで、刻苦勉励型が出世するという社会的イメージが、日本人の常識の底流となっている。

タテ社会の人間関係 単一社会の理論 (講談社現代新書)

 

 

 

(お勉強メモ)漢字のこと・「形」

 ふつう、文字には「形」も「音」もあるものだが、アルファベットなどのように意味のないものもあれば、漢字などのようにそれぞれの字が意味を持つものもある。これを「義」といい、形・音・義の三種は漢字が持つ主要な3要素である。義を持つものを表意文字といい、持たないものを表音文字という。表音文字は数が少なく組み合わせて色々な単語を作れるが、表意文字はひとつのものとか観念とかに対応してひとつ必要になって来るので、大変に数が多い。

 漢字というものは殷の時代の「甲骨文字」にはじまる。それから周の時代になって青銅器に文字が刻まれる「金石文」となり、徐々に字形も整って来た。周の末期、春秋・戦国時代から秦にかけて「篆書」となりさらに統一され、それが複雑すぎるというので「隷書」という簡略化した書体となり、漢の頃はさらに簡略化され「楷書」となった。いま使われている漢字の基本は西暦紀元にできた楷書が規準になっている。楷書は少し崩して「行書」、さらに崩して「草書」がある。

 漢字は、後漢の頃、許慎が著した『説文解字』の「六書」という六分類にされており、紀元前112年のものでありながら現在でもふつうに説明に使われている。

  1.  象形文字 物の形を簡単に書き、その線を単純化したもの
  2.  指事文字 抽象的な観念を記号化したもの。「一」「二」などの漢数字もそうだが、「大」というのは人が大手を広げて立っている様子からきている。
  3.  会意文字 上の二つを組み合わせてできた文字。たとえば「寒」は家の屋根・草・人間・氷の象形文字が組み合わさってできている。
  4.  形声文字 意味をあらわす部分と、音をあらわす部分の合成。「同」「銅」「胴」など。漢字の成り立ちのうえで普通の作り方で、8割はコレ。
  5.  転注 たとえば「書」はもともと手で書くことだが、書物や手紙などをあらわす文字にもなった。
  6.  仮借 発音だけを借りて、他の意味に用いたもの。いわゆる「英吉利(イギリス)」などの当て字はコレ。

 最初の四つと、あとの二つは「作り方」「意味」とでだいぶ性質が違うので区別して考えたほうがよい。