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にんじんと読む「現代哲学の真理論」🥕 ①

真理論が共有してきた前提は、それを『特定の文化や社会を超えた確固不動の何かに支えられた観念とみなす』ということであり、これはそれを否定するという意味で相対主義者や懐疑主義者も同様であった。ところが二十世紀に入り、このような前提そのものが疑われ、それゆえにそれを追い求める価値さえも疑われた。ニーチェにとって『真理とは「錯覚であることを忘却されてしまった錯覚」』である。またウィリアム・ジェイムズにとって『真理は善の一種であり、われわれに幸福をもたらす。行動のための便宜が正義であるように、思考のための便宜が真理である』。この二人はそれ以前と二十世紀からの真理論の分水嶺となっている。

 ローティはこの分水嶺プラトン主義の終焉であると解釈する。プラトン主義は、認識にも言語にも依存しないような何かがあるとする立場である。プラトン主義の流れはこれを追求し、この「何か」についての多様な見方を展開したものだ。このような流れのなかに上で見たような伝統的な真理論が重なって来るのは見やすい。その流れはやがてカントへ至り、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」という主観主義的転回を経て、真理というものを考えるのに「何か」が不要になった。この地点で既に、ニーチェやジェイムズに至るのは理解しやすいだろう―――ローティのこの哲学史解釈は、反プラトン主義的な立場から行われている。

ハーバーマスはいわば「形而上学的思考」が、①同一性の思考、②イデア論、③強い理論的概念の三つから構成されると言った。同一性の思考とは、多様性の根底にある実在を想定し世界の統一性を確保する思考。イデア論とは、実在の属性を普遍性、必然性、非時間制とみるもの。強い理論的概念とは、実在の認識にあたって実践よりも理論を優先させることである。

 

 中世が終わり近世に至ると、いわゆる科学革命が起こる。自然科学がもたらした成果は、私たちがいったい何をどこまで知りうるかという問題意識を生みだした。そしてこの問題を史上はじめて引き受けたのがロックであり、それを引き継いだのがヒュームである。

 ロックによれば、『あらゆる観念は、結局、心の外の対象に関わる感覚と、自身の心的作用に関わる内省という二種類の「経験」に由来してのみ知覚される。どんなに複雑な観念でも、これらの「経験」を通して得られた相対的に単純な観念を材料に構成されたものにすぎない』。人間が得られる経験というものは有限であるから、知識はちょっとずつしか進歩しない。だが明らかに歩む道は見える。経験に起源をもたないようなごみくずを排除することも、重要な使命として含まれる。

 ところで、いわば真理の道は経験によって作られているのだから、他人の経験が経験できない以上、内的なものになるだろう。ロックもそのような立場で真理を取り扱っている。たとえば「白が黒でない」という命題は、白や黒といった観念の不一致の知覚を経験することで得られる。これは観念間の関係である。ところが「外界の実在」に対して話が及ぶと、ロックはその真理条件として実在と観念との一致を持ち出す。しかしそもそも「外界の実在」というものを認めるのは不整合ではないか? ロック自身も、あるものの観念を抱いたからといってあるものが外界に存在することを意味しないと言っている。だから自らの経験的な立場を堅持するなら、外界の実在など妄想だと切り捨てればよい。

 ではなぜロックはそんなことを言ったのか?

 

 

にんじんと読む「仏教の真実」🥕

 仏教は誤解されているぞ、というのが主な内容。

 以下ではにんじんが注目した点のみまとめた。

 

「仏教の真実」

 仏教は、神を信じない。『仏教はもともと「ブッダの教えを信奉する人びと」という意味でサンクスリット語(古代インドの言語)でバウッダと呼ばれ』たのだが、ブッダへの神格化が進み、自分がブッダになることよりもブッダからご利益を預かろうという現代の姿へと変わっていった。神(GOD)の語源は、「呼び掛けられるもの」であり、『正体はなにかわからないが、人が呼び掛けると応えてくれるものと考えられていた』。

 仏教は、ブッダになるためにはどうすればよいかを教える。だが神のいる宗教は神になる方法は説いていない。ブッダはわれわれと同じく人間である。ただ、真理に目覚めた人である。「仏」とはブッダの訳語であり、玄奘三蔵が与えたものであるが、日本で見られるような死人の意味はない。死んだだけで真理に目覚めるはずはない。

 仏教が説く愛は、キリスト教の愛とは異なる。キリスト教における愛は預言者によって神が示した教えであり、自己中心的なエロース(愛)ではなく他者への純粋なアガペー(愛)が説かれる。その愛の実現はイエスの死であるとされる。彼は人類のあらゆる苦しみを自身の身に受けたのである。『この純粋の愛は一方的に他者に向けられ、それは己の犠牲のかたちを取っているが、じつはかえって己の安らぎにたどりつくことができる』と教えているのだ。一方、仏教において、世間的な愛は妄執から起こる心のはたらきであり、排斥されるべきものである。愛は迷わせ、執着させる。愛は煩悩の原因であり、これを斥けるのは「慈悲」である。『他宗教がいう愛の意味に代わることばは仏教では慈悲である』。慈悲の具体化のために説かれたのは四摂法(ししょうぼう)で、布施=与えること・愛語=やさしいことばで語ること・利行=他のために尽くすこと・同事=協力することである。

慈悲の具現化は物であれ、知識であれ、人間だけでなく、あらゆる動植物が求めるものを与えること、相手の思いをくみ取ってやさしく語りかけること、見返りを求めず、ひたすら他のために尽くすこと、そして他を差別することなく、わがことのように相手の力となることだと釈迦は教えたのである。慈悲の行いは相手が何であれ差別なく力になり、相手の身になる行いである。ゴッドの純粋の愛(アガペー)はゴッドを信じる者だけにおよぼされるが、ブッダへの慈悲は関わりのないものにも平等におよぼされるので、これを無縁(無差別)の慈悲という。

 仏教は、あたりまえのこという。「悪いことをしない、善いことをする」。注意すべきは、ここに命令形の含まれていないことである。警察がいるから悪いことをしないのではなく、個人の行為はそれぞれが律しなければならない。悪事をしないとは悪事をしない習慣をもつことである。

 仏教の修行は三十七菩提分法としてまとめられ、

  • 四念処 身心を静かに観察する四つの方法
  • 四正勤 日頃、努力して行うべき徳目
  • 四如意足 神通力を得る方法
  • 五力と五根 さとりに達するために五つの基礎と能力
  • 七覚支 心の状態を観察する注意すべき方法
  • 八正道 苦しみをなくし、真理を見る方法

 とされる。もちろん、神通力とは超人的能力の意味ではない。ものの本質を観察する力という意味である。

 

 

 

にんじんと読む「フッサール現象学の生成」🥕 序~第二章

 フッサールにはじまる現象学は、テキストをきちんと読めばわかるもので、現代的意義を有していることが理解されるというのに、歴史的にはいつも批判ばかりされてきたしその批判を前提として議論を進めているような例も数多い。本書(「フッサール現象学の生成」)は改めてフッサール現象学を辿り直す試みである。

 現象学とは名前の通り、現象の学である。フッサールにおいてそれは、『意識に現れてくる現象に定位し、それをありのままに見つめ、この現象の背後、あるいはむしろ手前で働いている意識の志向性のロゴス(Logos)を解明する営み』である―――意識に現れてくる現象より始めよ。この与件はいつもそれ以上のものとして捉えられていることに気づく。この二つの差異を生みだす働き、与件を何か〈として〉捉える働きを意識の志向性と呼ぶ。志向性はなんでもありで働き世の中をめちゃくちゃに映し出すわけではなく、一定の秩序(ロゴス)が認められる。これを解明することで世界という現象を理解すること、そしてそれを通じて〈意識〉つまり世界という現象が現れる〈自己〉という場を理解すること。これが現象学である。

 そして意識に現れてくる現象をありのままに記述する方法としてフッサールが考えたのが現象学的方法と呼ばれるものである。ところで『純粋理性批判』のカントもまた主観という自らの目を問題にした哲学者であるが、彼とフッサールが異なるのは、カントが「自己」に蔵した諸原理を前提したことである。それに対し、フッサールは事象そのものから始めた。事象を見つめ、事象を支える下図を理解し、それによってより事象がクリアに見えるようになる。彼の現象学はいつも事象からはじまるのだ。

 

第一章 フッサール現象学前史

 「序」において現象学の概略を説明した。現象を見つめ、背後に働く志向性という働きを知りそのロゴスを解明することが、現象学であった。この志向性という働きは現象の下図であり、ふだんはまったく意識にのぼることがない。それならばなおのこと、なぜフッサールが志向性に気が付いたのかについて振り返らねばならない。

 フッサール青年は大学においてさまざまなことを学んだ。だが中でも学問上のキャリアのはじまりとなった中心的な学問は、数学であった。彼の時代、数学の基礎は揺らぎ、二つの立場が対立し合っていた。フッサールの二人の先生、ヴァイアーシュトラースとクローネッカーはそれぞれの陣営に立っており、彼はその渦中にいた。数学という巨大な学問の基礎を固めなければならないという強い気迫を二人から感じ、「徹底的にやる」という精神を学んだ彼は、やはり数学的基礎づけの徹底に加わろうと考えた。先生の考えにも影響されつつ、フッサールは「数える」という心理的作用があらゆる数の前提となっているというアイディアに目を向けた。

 だが一方で、数というのは心のなかだけにあるものとは思えない。1+1=2というのはそう思うときだけ真なのではなくて、やはりいつだって真だしこれからも真で、思うと思わないとにかかわらず意味をもつものだろう。とはいえ、数えるということとは無関係なはずはない。………「1」という数が持つ意味は、数えるといったような作用を超えたものだという発想によって、背後ではたらくなにかを感じたのである。そしてそれがどうやって作り出されるかという秩序の解明に取り組もうとしたとき、フッサールは数学から哲学という分野を進むこととなったのである。

 だがここではまだ、現象学は誕生するには至らない。

 

 

第二章 現象学の誕生

 フッサールが数学の基礎づけという課題のために目を向けたのは「数える」といったような心理的作用であった。それは数学を超え、一般に「意味」なる理念的なものに向けられるが、これをすべて心理学の領分としてしまうことには反対であった―――論理的なものの心理学的基礎づけを目指す立場を〈心理主義〉と呼ぶ。

 たとえば矛盾律(Aは非Aではない)は心理主義的に説明すると、これは私たちのふつうの考え方の一般化である。つまりそれは帰納的に導かれた経験的な主張ということになろう。すると論理学的な諸原理はすべて、蓋然性しか持たないことになる。しかもそれら事実は人の心次第なのだから結局は正しいことはなんにもないということになりかねないし、所詮人類にだけ当てはまる事実に過ぎないということにもなる。ひいては、心理主義は自らの立場そのものすら、正しいといって堅持することはできなくなるだろう。すると、心理主義はどこか間違っていると言わなければならない。

 フッサールが批判したのは次の三点である。

  1.  考えるのは心。論理的諸法則が心理学に基づくのは自明。
  2.  論理的諸概念はすべて心理的活動による現象や形成物。
  3.  ある判断を真だと確信するのは、その判断が明証感情、つまり明らかだと感じられるという心理的なものにもとづく。

 これに対してフッサールは次のような立場をとる。

  1.  第一。論理的諸法則は論理的諸概念に基づいている。それゆえにそれらは経験から導出されるものではない。
  2.  第二。論理的諸概念は単なる心理的形成物以上のものである。たとえば数は数えるというはたらきを起源にもつが、数自体はさまざまな個別事例から抽象によって把握された理念なのである。たとえば1は、車1台、鳥1羽……という個別事例を超えた、つまり数えるという単なるはたらき以上の中身をもつ。「車」という概念自体も、単なる個物ではない。
  3.  第三。たしかに何かを確信するのには明証感情が伴うが、だからといって論理的諸法則・論理的諸概念・それらに基づくあらゆる判断自体は心理学的な命題ではない。

 そして哲学者の役割は、原初的な諸概念の「起源」を突き止めることである。つまりそうした諸概念が単なる作用を超えて構成されるさまを描き出すことである。そしてそうしたものは、何らかの初体験に基づく抽象によって生まれきたったものであるのだから、理想的にはそういった構成物が出てくる前の状態に戻って改めて組み立て直すということをやれれば嬉しい。そこで立ち返ることが求められるのは「事象そのもの」であり、事象に向かう「志向性」というはたらきである。

 というわけで必然的に事象そのものへ戻る方法論が必要になる。簡単にいえば、それはあらゆる仮定を排して諸体験を見つめ直すことである。これを「無前提性の原理=諸体験のうちに実的に見出されないようなすべての理論的仮定は排除する」を満たすという。こうしたことが行われないのであれば、組み立て直すという作業ができないわけだから、当然に要求されるのは明らかである。

 こうした哲学的営みが「基礎づけ」となりうるのは、その判断が作られたあらましをわれわれみんなが確認することができ、しかもその根本は無前提性の原理を満たす純粋な体験なのでだれもが納得できるからである。

 

にんじんと読む「哲学へ ヤスパースとともに」🥕

万人の哲学と哲学者の哲学

 人は誰しも哲学する。「哲学」というものを一義的に説明できないとしても、「哲学する」という人間のはたらきは万人に共通するものなのである。哲学とはphilosphy、つまりギリシャ語由来の””知を愛する””という言葉をもとにする。「知」の具体的内容は明らかでないが、””知を愛する””ことについては、『人間がそれぞれの状況の中で逢着する自分の問題に関して自ら問いを発しつつ、何らかの答えを求めていくというはたらき』(p.22)と説明できるだろう。だからこそ、哲学の中身はその各々の人間に応じて多様なものとなっていくのである。

 哲学する動機は何か不思議なことを知ろうとする理論的なものと、自分自身を問題のうちに含めた生き方としての問題・実践的なものの二類型が考えられるだろう。私たちは世界の内に生まれ、育ち、物事を積極的に意味づけて生きている。この点はヒト以外の動物にもある程度は当てはまるだろうが、言語という道具を用いて出来事と一定の距離をとれるようになったヒトにとって、哲学するというはたらきは際立った特徴となっている。その意味で哲学は、一人前の人間であれば何ほどか身につけている。たとえ哲学思想と呼ばれることがないとしても、物事を自分なりに意味づけ了解し、考えを修正したり押し進めたりしているのである。

 その意味ではすべての人間は哲学者と言えるだろうが、学としての哲学者ではない。それぞれの人が持っている哲学は二段階の学問的処理を施され、学と称されるにふさわしいまとまりをもった見方や考え方になるのである。第一にそれは客観的な概念化であり、つまり、それを他人にもわかるような概念を用いて表現するということである。第二に、一貫した方法による組織化であり、いろいろな考え同士を整理しまとめるという過程である。

およそ右のような手続きによって学問としてのまとまりと客観性と伝達可能性を備えるようになった哲学思想が「学としての哲学」であるといえよう

哲学へ―ヤスパースとともに

 

現代

 現代は、『すべての人が読み書きを覚え、知識や学歴を身につけ、地球人類が一つにまとまったかのような感を呈している』。だが私たちはみな古代人のように「民族」を持たず、伝統的な秩序がなく、精神的伝統もなく、なにをたよりにしてよいかわからない状態へ置かれている。『現代に生きるわれわれは、自分が何のために生きるのか、といった人類永遠の問いをじっくりと考え、個人として誠実に応答するよりも前に、否応なしに大衆の一員に数えられ』る。医療・科学技術の進歩、「合理的な・効率的な・無駄のない」時間の追求、物質的豊かさ、といった本来よいとされているものがじっくり考えることを妨げる要素となっている。これらが妨げる要素であるのは、私たちがより善く生きようとしたときにこれらを求めるのであるが、求めるがゆえに「大衆」の一人として流されるような生き方を強いられるからである。

 現代は人類がこれまでにないほどつながりを持ち、安全になった時代である。本来は歴史の大転換、古代ギリシャ哲学・諸子百家仏陀等々の人物を輩出したような時代になることが望まれる時代である。だが現代はむしろ、反対の方向へ進んでいる。

古代ギリシャ人は、スコレー(閑暇)を大事にした。スコレーとは学校schoolの語源となった言葉であるが、実利を離れて真理を探究するための時間的ゆとりを意味する。彼らは実践的な活動よりも、物事をじっくりと思索する観想の態度を重視したのである。そしてそこから哲学が誕生した。われわれも、時間を金銭や目にみえる成果に換算する生き方ではなくて、立ち止まって自己自身について考えたり、真に人間的な時間をもつことに喜びを感じるような生き方をしたいものである。

哲学へ―ヤスパースとともに

 

 

 

 

にんじんと読む「『竹取物語』から「かぐや姫」へ」🥕

竹取物語』の内容

 『竹取物語』には伝承の話型が5つ含まれる。竹取翁伝承・異常出生譚(異常誕生譚 - Wikipedia)・致富長者譚・天人女房譚(⊂異類女房譚)である。竹取物語に見られるのは天人女房譚のうちの羽衣説話である。

羽衣説話は、天女が地上で羽衣を何らかの理由で失い、天に帰ることができず地上で一定期間過ごし、やがて羽衣を取り返して帰っていくという形が基本である。

『竹取物語』から「かぐや姫」へ 物語の誕生と継承

 『竹取物語』も、かぐや姫が一定期間地上で過ごし羽衣着て帰っていくので羽衣説話の一種と思われるが、その他の羽衣説話と比べて異なっているのは、この物語の羽衣は「飛べない」。それは「人の心をなくさせる」。そして羽衣を着て帰っていく異郷は、すばらしいものをもたらしてくれるところではない。不死の薬も竹から出て来た財宝も、かぐや姫がいなくなったあとには何の意味もない。

 かぐや姫は着ていた衣を脱いで、形見として置いていく。竹取物語には二つの「衣」があり、人の心を持ったかぐや姫を思い出すための形見の衣と、人の心を失ったかぐや姫の着る羽衣がある。その意味で衣は『心のある人間世界と心のない月の世界を象徴し、この2つの世界を分ける機能』を果たしている。

 

 チベットには『竹取物語』と酷似した説話「斑竹姑娘(はんちくこじょう)」がある。貧しい母とランパ(息子の意)は竹林を大切に育てていたが横暴な土地取りによって安値で買いたたかれてしまうことになった。竹林はなくなることになりランパが涙を流すたびに一本の竹に斑がついてしまった。ランパは切り倒されるその日にこの竹を持って逃げたが、この竹から女の子が生まれ、すぐにランパと同じ背丈に成長した。竹姫と名づけられたこの子に土地取りの息子も含む五人が求婚するが、竹姫の出した難題に誰も結婚できず、結局竹姫はランパと結婚する。

 『竹取物語』においては、姫を見つけるのはじいさんであるし、もちろん最後に結婚などしない。しかも『斑竹姑娘』においては求婚譚のあとあっさり「そうして竹姫は、ランパと夫婦の契りを結んだとさ」と終わってしまうが、『竹取物語』は帝の求婚や昇天の段がある。逆に『斑竹姑娘』において長いのは竹姫を見つけるまでの話である。

 また、竹姫発見のきっかけは竹姫のすすり泣きであり、竹姫は赤ん坊で発見されており、竹姫成長はランパが馬の乳を取りに行っている間であるからかぐや姫より早い。一方、かぐや姫発見のきっかけは竹の光であり、かぐや姫は「赤ん坊」とは書かれていない(大きさが三寸なだけ)。また、泣くとか笑うとかの感情表現もほとんど見られない。竹姫はにっこり笑い、労働をしたり、楽しく暮らすのだが、かぐや姫は「美しい」し「成長が早い」だけでそんな要素は見られない。

 結婚に対する態度も異なる。竹姫は結婚拒否のために難題を出すというよりも、ランパと結婚するために他の求婚者を排除しようとして難題を出すのである。一方、かぐや姫は結婚そのものを拒否する。5人が最後までしぶとく残り、翁が頼んでくるので断ることもできず、それならばと難題を提出して結婚をはねつけるわけである。かぐや姫自身がそれを「難題」であることを認めている(「取りがたき物」)。

 そしてその難題であるが、

  •  かぐや姫の場合は「仏の御石の鉢」→「蓬莱の玉の枝」→「火鼠の皮衣」→「龍の頸の玉」→「燕の子安貝」であり、
  •  竹姫の場合は「撞いてもわれぬ金の鐘」→「打ってもこわれぬ玉樹の枝」→「もえない火鼠の皮衣」→「燕の巣にある金の卵」→「龍の額の分水珠」である。

 似ているのだが、実は竹姫の場合は難題ではあるものの、どこにあるかがわかっている場合が多く、かぐや姫のほうはそもそも実在しないものである。だからかぐや姫を説得するためにいろいろやる。偽物を作ったりするのも熱意ゆえである。だが竹姫の婚約者の場合、本物は手に届く場所にあるのだから、偽物を用意したりするのは熱意のなさに由来する。

 注目するのは並べ方である。かぐや姫は『身分の高いほうから低いほうへ』『不誠実なものから誠実なものへ』と並べられている(身分と誠実さの反比例)。一方で、竹姫の求婚者は全員不誠実であり全員悪役なので、ひどい目に遭っても悪役が一人消えたとしか思わない。だからどんな並べ方でも別にいい。かぐや姫の求婚譚は、かぐや姫が求婚者に同情を示し、心を学ぶ過程として描かれる。

 「斑竹姑娘」との比較を通して、『竹取物語』において「心」がその主題であることがより明確になった。諷刺という側面が注目されがちである求婚譚も、かぐや姫が人間の心を学ぶ過程であり、昇天場面においてかぐや姫が心を獲得しておくためのプロセスなのである。悪役もいなければ西洋的なヒーローもいない『竹取物語』が描くのは、一貫して人間の心である。

『竹取物語』から「かぐや姫」へ 物語の誕生と継承

 『竹取物語』のテーマはかくや姫の心の獲得と喪失にあると主張したい。かぐや姫は月の人でありながら、失うだけの心を持てた理由は求婚譚にあるのだ。求婚譚は最後の一人に至ってとうとうかぐや姫に「すこしあはれ」と思わせる。そして次に帝による求婚もまた、心を得る過程である。たしかに「すこしあはれ」とは思ったのだが、求婚譚以降は5人について一切触れられない。帝に至って、遂に心を獲得するのだ。昇天の段に至るまで、かぐや姫の感情表現は一切見られない。

 結末において、かぐや姫は心を失う。残して行った衣。そして不死の薬。帝は不死になる薬を燃やしてしまう。『月の人と人間との対比の中で、人間を肯定することで物語は幕を閉じるのである』。

竹取物語』の中心にあるのは、不老不死で美しく、心を持たない月の人と、老いて死に、美しくないが心を持つ人間との対比である。

『竹取物語』から「かぐや姫」へ 物語の誕生と継承

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にんじんと読む「小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析」🥕 第一章・第二章

第一章 テクストの相

 物語について論ずるにあたり、ジュネットの三分法「物語内容story/物語言説narrative/物語行為narating」によって物語を三相に分けてみる。内容・語る工夫・語る行為の三相である。たいていの場合、物語を知ってるというのは物語内容を知っているということであり、語られる出来事である。これがこうしてこうなったという筋を見出せなければそもそも物語として成り立っていない。

ある物語の物語内容とは、ある状況に置かれた作中人物が、ある行為にかかわりを持ったり、ある出来事に出会うことで新たな状況のなかに置かれる。その経験を読者が時間的順序にしたがって再構成することにより、読書経験の記憶のなかに立ち現れてくるものとしてあるだろう。作中人物とは物語中にあらわれてさまざまな経験をする者を言う。必ずしも人間であるとは限らない。作中人物による経験は、状態もしくは状況についての経験をいう場合と、出来事の経験をいう場合がある。出来事においては状態(状況)に何らかの変化が生ずる。

小説のしくみ: 近代文学の「語り」と物語分析

 一方、物語言説というのは語る工夫のことであるから、色々ある。『語り方の工夫として表現の次元において捉えられるものには』、語りの枠組、語りの視点、発話の処理、時間の処理の四つがある。

 最後に物語行為とは、語り手の自意識の強さみたいなもので、語ってることをどれだけ自覚しているか、それが表現のうちにどれぐらい現れているかというものである。まったく姿を現さない場合があるが、たいていの場合、ちょいちょい姿を見せるものである。たとえば三人称視点で描いているとしても「きれいな女性が」などと書いて、だれもその人物をきれいだともなんとも言っていないのに一体だれがきれいだと言ったのかなど問題になりうる。最もあからさまなのは、「私は思うのだが」とかガッツリ出てくるパターンや、「この物語は~」と言い出すパターンである。

 

 

第二章 語り手と語りの場

 語り手が①「語り手」として語りのなかにあらわれるか、②語り手が作中人物となるか。この基準で分けると、〇と✖の組み合わせで四類型できる。語り手が個性を発揮するかどうか、物語の筋において中心人物かどうかで下位区分が作れる。

 物語世界語りの場というものを考えてみよう。

 物語世界は物語の世界。語りの場とは語りが行われる場のことである。語りの場とは、『あくまでも小説のなかの語り手が、語りにおいて設定する場のことである。小説が発表された時代や場所と、一旦は切りはなされる場』である。読者もそこに立ち会うことを求められている。つまり語りの場とは読み手・聞き手とされる人物と語り手のいる場である。

 ふつうの小説だと、具体的な聞き手を見出すことは難しい。もはや聞き手は「読者」以外に見出せない場合のほうが多いだろう。そこにおける語りの場は、語り手と読者の二人が向き合う空間である。この語りの場は、物語世界の外部にある。語り手は物語世界の外部にいる。その一方で、語り手は物語世界に登場することもある。

 

 物語世界外の語り手 でありながら 物語世界に属する語り手

 

 であることができる。前者は「語りの場」についての言明であり、後者は「物語世界」についての言明である。

 物語世界内の語り手というのもありうる。「私」が、たとえば「妹」に物語を語って聞かせるとき、語り手と聞き手の場は物語世界となる。このときもし「私」が自分のクラスの文化祭について語るなら、その物語には語り手=「私」が登場するだろう。より複雑にするなら、文化祭のなかで友人が私にある物語を語って聞かせるなら、もうひとつ語りの場2が生まれることになる。いわば物語が埋め込まれている。

 この視点を使えば先ほどの四類型をこう整理できる。

  1.  物語世界外で語る物語世界に属さない語り手
  2.  物語世界外で語る物語世界に属する語り手
  3.  物語世界内で物語世界に属さない語り手
  4.  物語世界内で語る物語世界に属する語り手