にんじんブログ

にんじんの生活・勉強の記録です。

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にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第三章

第二章 ウィトゲンシュタインと『宗教的経験の諸相』 略 第三章 ウィトゲンシュタインと『心理学原理』 ウィトゲンシュタインはジェイムズのことを幾度となく言及し、最晩年に至るまで彼を批判し続けている。だがだからといって、彼から何も学ばなかったわけ…

にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第一章

第一章 プラグマティックな経験の諸相 ウィトゲンシュタインは、その生涯の最後の年にこう書いた――「つまり私は、まるでプラグマティズムのように聞こえることを言おうとしている。ここで私は、ある種の世界観(Weltanschauung)によって妨げられているのだ…

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第五章まで

第三章 「頑張り」=努力主義と日本社会 日本には「誰でもやればできる」という能力平等観が根強く存在しており、それゆえにこそ忍耐・努力が重視される。これに対してアメリカ・イギリスでは能力素質説とでもいうべき、不平等観が強い。 また頑張ることにつ…

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第二章

第二章 中根千枝「タテ社会」論からみた「頑張り」 中根のタテ社会論は多くの誤解にさらされてきた。それはタテ=上下の関係、ヨコ=平等な関係といったような誤解である。その中でも最も建設的な批判は竹内洋による「同期」の問題である。 彼は日本社会をタ…

にんじんと読む「がんばること/がんばらないことの社会学 努力主義のゆくえ」🥕 第一章 

第一章 「頑張り」=努力主義と平等の日本的文脈 まずは「平等」ということの日本的な位置づけについて確認する。 中根千枝『タテ社会の人間関係 単一社会の理論 (講談社現代新書)』は、《社会構造の分析に関する新しい理論を提出》するものである。 社会構…

(お勉強メモ)漢字のこと・「形」

ふつう、文字には「形」も「音」もあるものだが、アルファベットなどのように意味のないものもあれば、漢字などのようにそれぞれの字が意味を持つものもある。これを「義」といい、形・音・義の三種は漢字が持つ主要な3要素である。義を持つものを表意文字…

知的めまいをほぐす「哲学」という治療【過去記事「明確化の哲学」】

現象学が明らかにしたことは、私たちの活動のほとんどすべてが非明示的なものによって支えられているということだろう。以前書いた記事『哲学の三層構造』において示した「受動性の層」がそれにあたる。フッサールは人々が互いに納得しながら議論をすすめて…

にんじんと読む「日本人のための日本語文法入門(原沢伊都夫)」🥕 ②

日本語は「自然中心の言語」 - 人間中心との対比 動詞には「雨が降る」などの自動詞と、「絵を描く」などの他動詞がある。目的語の有無でたいてい判別がつくが、「父親が家を出た」などの場合はヲ格があっても目的語ではない。なぜならヲ格成分を主語にした…

にんじんと読む「日本人のための日本語文法入門(原沢伊都夫)」🥕 ①

日本語の文法 言葉の使い方が移り変わる以上、文法もまた移り変わる。また、その時代の文法を構築するにあたってもさまざまな違いが生まれる。大まかに分けると、いわゆる古文などとの接続を意識した伝統的な文法〈国語文法〉と、外国人などに日本語を教育す…

哲学の三層構造 受動性の層ー「過去把持」から【現象学関連過去記事】

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com 受動的志向性 - 時間意識の分析から はっきりと自覚して働くような意識を「能動的意識」、そうした自覚がなく自己意識を伴わないで起こっていたことがただ受けとられていた場合の意識を「受動的意識」と呼ぶ。ただし、…

にんじんと読む「自尊心の構造(森口兼二)」🥕 ごく一部のみ

ヒトはほかの動物と違って、独立して生きる能力が低いままで母体から出てきて、依存期間が非常に長い。たとえばチンパンジーの子どもは十か月で依存を脱する。ところが人間の赤ちゃんはいつでも保護者のやっかいになるし、保護者の目を振り向かせる努力をし…

にんじんと読む「現代の死に方(シェイマス・オウマハニー)」🥕 第三章~第八章まで

第三章 勇敢であることへの躊躇い フィリップ・アリエスは「従順な死」から「隠された死」への変化を「嘘の始まり」と呼んだ。隠された死の重要な要素は””死にかかっている人間にどう事実を隠すかであること””だと云った。そうして重症患者もそれを知りたが…

にんじんと読む「現代の死に方(シェイマス・オウマハニー)」🥕 第二章

第二章 隠された死 フィリップ・アリエスが「従順な死」と呼んだものには、彼によれば、無頓着・放念・親密さ・プライバシーの欠如に特徴があると云っている。それは速やかで、受容され、親近感があり、医者よりも神父のほうが重要だった。これが徐々に「隠…

【「姿勢」チャレンジ】歪んだ姿勢をたてなおす!

仕事中など、退屈なときにチャレンジするといい気晴らしになる「姿勢」。 人間はどんな姿勢をとっていても体に負担がかかる。姿勢によって体にかける負担の場所が変わるだけだ。「動くこと」が大事なので、良い姿勢だろうが悪い姿勢だろうがずっと同じ格好で…

哲学の三層構造 全体像【現象学関連過去記事】

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com 自然的態度と超越論的態度 日常生活をただそのまま生きていくことと、その生活の成り立ちや仕組みを反省することは異なる二つの態度である。前者を「自然的態度」、後者を「超越論的態度」と呼ぶ。これは、成り立ちや仕…

にんじんと読む「現象学ことはじめ」🥕 第一章 第二章

第一章 数えること いったい「なぜ」「何が」「どうなって」いるのか。事象の根拠、本質、構造。それは現実問題「何が必要か」「何が役に立つのか」にアプローチすることでもある。 何かを見ているということと、見えている何かは区別されなければならない。…

にんじんと考える「株投資(整理するために)」

株投資をやる目的は金である。社会貢献などでは断じてない。 投資をすることによってその会社に貢献できるかどうかなどどうでもよい。金さえ手に入れば、倒産しようが構わない。とはいえ、倒産されては儲からないのでやっぱり会社の繁栄は望むことになるが、…

釈迦の目指した「悟り」とはなんだったのか?【過去記事「仏教思想のゼロポイント」】

「悟り」とはなんなのか 仏教の最終目的は「悟り」「解脱」「涅槃」である。だが、これがわからない。 釈迦の教える生活の基本条項は『労働の否定』『生殖の否定』であり、ブッダ本人もそれが「世の流れに逆らうこと」(『聖求経』偈)であり欲望に流され楽…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 第七章まで

第七章 ズ~イ伴現象 シンボルは、シグナルを濾過して活性化する。これが結果的に、動物が密接に世界と関わることを可能にしている。成熟した人間は適切な場面で適切に反応することができるが、それは長年写し取って来た外界の現実性を整理してきた結果であ…

コミュ下手のための人間関係基礎論 ver.2.0

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com 前回の記事では、 「人間関係がいかに人を疲れさせるか」 「過度の期待をやめ、あきらめることで疲れを予防する」 そして「共生という関係」 について書いた。特に大事なのが予防策を打ったうえでの、具体的な対人関係…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第六章

第五章 ビデオフィードバック 略 第六章 自己とシンボル 生物は生き延びるために、《身近に進行していることを、どんなに初歩的な形であっても、何らかの方法で察知し分類する能力を発達させる必要がある》(p.104)。その能力が自分自身に向けられるようにな…

一生をどう過ごすか? M.チクセントミハイのフロー体験【過去記事「楽しむということ」】

私たちはなぜ生まれてきたのだろうか。 幸福(Eudaimonia;よき人生;開花)を考えるうえでの出発点は、私たちが動物の一種であるということだ。私たちはほかの動物となんら変わりのない普通の生物であり、その一方で、ホモ・サピエンスという非常に「特異な…

にんじんと読む「現代の死に方(シェイマス・オウマハニー)」🥕 第一章

第一章 私は何を知っているか 「従順な死」。哲学者フィリッパ・アリエスは産業革命以前の数千年のヨーロッパでの死をそう呼んだ。そこでももちろん死は恐れられていたが、《死は身近にあり、急に来て、周知、公然のもの》(p.11)であり、《死を迎える人も、…

にんじんと読む「現代の死に方(シェイマス・オウマハニー)」🥕 序文

序文 大方の人間にとっては死は噂であり、所詮、他人事である。 現代の死に方: 医療の最前線から 人は死ぬ。確実に。なのに何故か、あるいは、だからこそ、自殺を選択するような人がいる。とはいえ、ほとんどの人は死についてあまり意識にのぼらないらしい。…

にんじんと読む「道徳の自然誌(マイケル・トマセロ)」🥕

同情と公平。これは協力における二つの形「利他的な援助」と「相利共生型の協同」の二つの違いを説明するものとされる。道徳性と呼ばれる協力形態においても無論である。そして同情とは道徳性において基礎的なものであり、血縁選択に基づく子への親の世話が…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第四章

第三章 パターンの因果的影響力 本書を読み進めるためには、思考する存在が複数の記述レベルで説明可能なこと、およびそのレベル間の相互関係がどのようなものかをはっきり理解する必要がある。 わたしは不思議の環 逆説的にすら聞こえるだろうが、ごく当た…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第二章

本書を通じて自分の考えが哲学者たちに伝わるのを望みはするが、哲学者のような書き方はするまいと思っている。わたしには、多くの哲学者は数学者と同じで、自分の正しさを実際に証明できると信じていて、そのために非常に厳密で専門的な言葉を多く用い、場…

にんじんと読む「徳倫理学について(ハーストハウス)」🥕 徳であるための客観的基準

徳であるための客観的基準 ある特定の性格特性が徳であるといえるための客観的基準は存在するのだろうか。徳倫理学を説明するためには「徳とは……」という、……の部分を補完しなければならない。それは義務論が、何を正しいルールとするかを決めなければならな…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第二章② ここまでで中断

誤解がないようにもう一度、はじめよう。第一章で見てきたのは『論理学研究』における現象学であった。しかし『イデーン』においてはより一層、心理学との差別を明確化させている。そこでは現象学はいかなる意味においても、「心理学」ではなくなる。 心理学…

にんじんと読む「徳倫理学について(ハーストハウス)」🥕 義務論、功利主義、徳倫理学

徳倫理学の位置づけ 行為功利主義者が「正しい行為」について記述するならば、《行為は、それが最善の結果をもたらす時、またその場合に限って、正しい》(p.39)となるだろう。功利主義者は正しい行為と最善の結果という二概念を結び付ける。そして次に《最善…