にんじんブログ

にんじんの生活・勉強の記録です。

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にんじん論文

にんじんと読む論文「フッサール生活世界の現象学」

cir.nii.ac.jp フッサール論文『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(『危機』)において、彼は学問の危機を論じた。科学技術は人類の無限の発展と繁栄を約束してくれるかに見えたが、それは第一次世界大戦の惨禍を招き、そしてまた、「この人間の生存…

にんじんと読む論文「人生はなぜ生きるに値するか」

researchmap.jp ニヒリズムとは、生きることが無意味だという信念のことである。人生の有意味性は二つ区別することができる。ひとつは有意味性を特殊な価値だととらえることであり、ひとつは総称的な価値性質のことである。 前者は、「関係的」である。人生…

にんじんと読む論文「科学の’進歩’と’合理性’」

www.jstage.jst.go.jp 科学はなぜ反証可能でなければならないのか。 私たちは「カラスがみんな黒い」ことを証明できない。なぜなら個別のカラスからカラス全体のことなどどうあってもわからないからである。ゆえに、『いかなる認識も真なるものとして根拠づ…

にんじんと読む論文「現象学の探求プログラム化」

irdb.nii.ac.jp 探求プログラム 理論は常に仮説であり、仮説は経によるテストを通じて修正されなければならない(可謬主義)。可謬性を持たない理論はそれを承認する人の間でだけ流布し、膠着するドグマとなる。もうそれ以上展開することができなくなっても…

にんじんと読む論文「フッサール現象学における認識と真理の問題」

library.bliss.chubu.ac.jp 自然的態度と現象学的態度 世界が存在するということを自明とする態度における「認識論」は、主観と客観のあいだの関係によって語られるだろう。主観が客観を捉える仕方を説明するならばそれは《写像論》にならざるを得ない。すな…

にんじんと読む論文「フッサールにおける本質認識とアプリオリ性」 アプリオリについてのカント的な考え方

cir.nii.ac.jp アプリオリについてのカント的な考え方 カントのいう「アプリオリ」という概念は、認識論的な概念であり知り方を特徴づけるものである。だからある命題がアプリオリであるというのは「その命題はアプリオリに認識される」の省略形として理解さ…

にんじんと読む論文「合理論と経験論における生得観念について」

cir.nii.ac.jp 合理論と経験論における生得観念について 観念とは、「われわれの意識の内容として与えられている、あらゆる(現実の、また空想上の)対象」をさす(デカルト、ロック以来の用法)。 岩波 哲学小辞典から。 これが今日の一般的な「観念」の理…