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哲学

にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第三章

第二章 ウィトゲンシュタインと『宗教的経験の諸相』 略 第三章 ウィトゲンシュタインと『心理学原理』 ウィトゲンシュタインはジェイムズのことを幾度となく言及し、最晩年に至るまで彼を批判し続けている。だがだからといって、彼から何も学ばなかったわけ…

にんじんと読む「ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ(ラッセル・B・グッドマン)」🥕 第一章

第一章 プラグマティックな経験の諸相 ウィトゲンシュタインは、その生涯の最後の年にこう書いた――「つまり私は、まるでプラグマティズムのように聞こえることを言おうとしている。ここで私は、ある種の世界観(Weltanschauung)によって妨げられているのだ…

にんじんと読む「現象学ことはじめ」🥕 第一章 第二章

第一章 数えること いったい「なぜ」「何が」「どうなって」いるのか。事象の根拠、本質、構造。それは現実問題「何が必要か」「何が役に立つのか」にアプローチすることでもある。 何かを見ているということと、見えている何かは区別されなければならない。…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 第七章まで

第七章 ズ~イ伴現象 シンボルは、シグナルを濾過して活性化する。これが結果的に、動物が密接に世界と関わることを可能にしている。成熟した人間は適切な場面で適切に反応することができるが、それは長年写し取って来た外界の現実性を整理してきた結果であ…

にんじんと読む「道徳の自然誌(マイケル・トマセロ)」🥕

同情と公平。これは協力における二つの形「利他的な援助」と「相利共生型の協同」の二つの違いを説明するものとされる。道徳性と呼ばれる協力形態においても無論である。そして同情とは道徳性において基礎的なものであり、血縁選択に基づく子への親の世話が…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第四章

第三章 パターンの因果的影響力 本書を読み進めるためには、思考する存在が複数の記述レベルで説明可能なこと、およびそのレベル間の相互関係がどのようなものかをはっきり理解する必要がある。 わたしは不思議の環 逆説的にすら聞こえるだろうが、ごく当た…

にんじんと読む「わたしは不思議の輪(ダグラス・ホフスタッター)」🥕 ~第二章

本書を通じて自分の考えが哲学者たちに伝わるのを望みはするが、哲学者のような書き方はするまいと思っている。わたしには、多くの哲学者は数学者と同じで、自分の正しさを実際に証明できると信じていて、そのために非常に厳密で専門的な言葉を多く用い、場…

にんじんと読む「徳倫理学について(ハーストハウス)」🥕 徳であるための客観的基準

徳であるための客観的基準 ある特定の性格特性が徳であるといえるための客観的基準は存在するのだろうか。徳倫理学を説明するためには「徳とは……」という、……の部分を補完しなければならない。それは義務論が、何を正しいルールとするかを決めなければならな…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第二章② ここまでで中断

誤解がないようにもう一度、はじめよう。第一章で見てきたのは『論理学研究』における現象学であった。しかし『イデーン』においてはより一層、心理学との差別を明確化させている。そこでは現象学はいかなる意味においても、「心理学」ではなくなる。 心理学…

にんじんと読む「徳倫理学について(ハーストハウス)」🥕 義務論、功利主義、徳倫理学

徳倫理学の位置づけ 行為功利主義者が「正しい行為」について記述するならば、《行為は、それが最善の結果をもたらす時、またその場合に限って、正しい》(p.39)となるだろう。功利主義者は正しい行為と最善の結果という二概念を結び付ける。そして次に《最善…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第二章①

第二章 現象学の展開 フッサールは「現象学は記述的心理学である」と書いている。これは第一章で見たように、論理学的認識一般の解明のために意識を研究するのだからこう呼ばれるのであるが、しかしそれはやはり通常の意味での心理学ではない。現象学は心理…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章⑦

さて、問題はこうだった。 心理的・実在的な存在者である我々が、いかにして理念的なものと関わりうるのか。 心理的なもの、それゆえ実在的なものと理念的なものとはどうして一種の内的統一を持ちうるのか。 理念的なものがどうして実在的なもののうちに現象…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章⑥

直観において対象が与えられること。この「与えられる」という現象的性格をフッサールは「所与性(Gegebenheit)」と名づけた。この概念は充実化の観点から理解されるべきものである。というのも、ある対象が与えられるというのは、ある志向に充実化が実現す…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章⑤

「雨が降っている」という文を理解するために、カーテンを開ける必要はなく、想像してみる必要すらない。ゆえに意味作用は知覚や想像といった直観的な表象作用とは区別されなければならない。だが、本質的ではないにせよ、実際に見て確認することはできる。…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章④

「雨が降っている」ということで雨が降っていることを意味し、またその文を読むことによって雨が降っていることを理解する。この意味し、理解するという体験もまた、雨が降っているという事態に方向づけられた志向的体験である。 紙の上に垂らされたインク自…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章③

さて、命題というものはまず言語表現という媒体を通して与えられる。そこでフッサールが問題としたのは「表現」であった。表現が表現として機能するのは、そこに一種の志向的体験が成り立つからだというのが結論である。 志向性とはなんだろうか。たとえば知…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章②

『論研』第二巻の問題意識はフッサールと心理主義の対立において、フッサールの主張が正しいと考えた時に生じてくる。つまりもしフッサールに軍配が上がるとすれば、かたや心理的ー実在的な存在者としての我々があり、かたや理念的な命題とその論理的連関が…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 第一章①

第一章 『論理学研究』における現象学と志向性 現象学にとって、『論理学研究』という著作は「突破口」になったのだと、フッサールは回想している。この著作の第一巻はいわゆる論理学的心理主義の徹底した批判を加える。論理学的心理主義は、思考というもの…

にんじんと読む「フッサールにおける超越論的現象学と世界経験の哲学」🥕 はじめに

はじめに 世界があり、事物があり、我々がいる。我々は世界のうちで行動し、様々なことを経験し、世界について種々の知識を持つ。(p.i) これほど自明なことにも、哲学は疑いのまなざしを向ける運命にある。デカルトが『省察』で行った懐疑論の爆撃は、私た…

にんじんと読む「オートポイエーシス論入門(山下和也)」🥕 第二章② ここまで

オートポイエーシス・システムは、そのオートポイエーシスが維持できている範囲でネットワークに属する産出プロセスを変化させることができる。それに応じて構成素や構造も変化する。たとえばオタマジャクシがカエルになるようなもので、たとえ変化したとし…

にんじんと読む「オートポイエーシス論入門(山下和也)」🥕 第二章①

第二章 概念整理 「環境」 ・・・ オートポイエーシス・システムは自分でないあらゆるものを自分自身から切り離せるが、この時、システムから切りはなされたシステムでない一切のもの。*1 「相互浸透」 ・・・ システムの構造はその環境を巻き込んで成立して…

にんじんと読む「オートポイエーシス論入門(山下和也)」🥕 第一章

産出されたものがあれば、必ずそれを産出した働きがある オートポイエーシス論入門 第一章 定義 オートポイエーシス・システムとは、産出物による作動基礎づけ関係によって連鎖する産出プロセスのネットワーク状の自己完結的な閉域である。閉域形成に参与す…

にんじんと読む「ケアの倫理(ファビエンヌ・ブルジューヌ)」🥕 第一章のみ

以前、別の記事でまとめたように、『依存的な理性的動物: ヒトにはなぜ徳が必要か (叢書・ウニベルシタス)』において主張されていたことは、ヒト以外も含めて動物一般はその生涯において他者からのケアを必要とする存在だということであった。しかしこれまで…

にんじんと読む「心の進化を解明する(ダニエル・C・デネット)」🥕 第一部

第一部 私たちの世界をさかさまにする 心はいかにして存在するに至ったのか? そして、心がこんな問いを発し、それに答えるということはいかにして可能であるのか? 手短な答えを言えば、進化の産物としての心が数々の思考道具を創り出し、やがて心は、それ…

(もう一度!)にんじんと読む「現代認識論」 第一章+第二章

第一章 知識の標準分析 知っているとはどういうことか。標準的には、知識とは、正当化された真なる信念である(K=JTB, Knowledge= Justified True Belief)。自分がリストラされないのに、「自分がリストラされることを知っている」と主張するのはどうかして…

にんじんと読む「心の進化を解明する(ダニエル・C・デネット)」🥕 第四章

第四章 二つの奇妙な推理の逆転 ダーウィンがもたらしたものは神≒人間→その他というような創造理論(トリクル・ダウン理論)から、バクテリアなどの単純な生物から動物へと至る創造理論(バブル・アップ理論)への逆転であった。これを否定したい者たちは、…

にんじんと読む「心の進化を解明する(ダニエル・C・デネット)」🥕 第二章+第三章

第二章 バクテリアとバッハの間に 最初期の生命形態でさえ、それは既に複雑で秀逸きわまる自己維持システムであった―――と書くと、ちょっと妙な気がするかもしれない。 問われているのは非生命から生命への道筋、つまり、 可能な出来事がいかに配列されれば、…

にんじんと読む「笑いの哲学(木村覚)」🥕 ④

④ 機知を用いる笑いをチャップリンは狭義のユーモアと称した。では広義とはなにか。それは、「人間の生存意識」「健全な精神」に関わり、「均衡感覚」さえ私たちに与えるものだ。テレビに出てくる多くのお笑い芸人は日々、自らの機知を遺憾なく発揮している…

にんじんと読む「笑いの哲学(木村覚)」🥕 ③

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com ③ さて、ベルクソンのいった笑いは「枠」を用いた笑いであった。だがよく注意しなければならないのは、 その烙印がおもしろい その烙印をはめられることがおもしろい のふたつがあるということだ。いわゆるあるあるネタ…

にんじんと読む「笑いの哲学(木村覚)」🥕 ②

carrot-lanthanum0812.hatenablog.com ② だが、考えてみれば笑われるのがいつも嫌なわけではない。芸人でなくとも、笑ってほしいときがある。たとえば朝ぼうっとしているときに冷蔵庫にリモコンを入れてしまったら「この前ぼけっとしててさぁ」などと言いた…