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にんじんと読む「信頼はなぜ裏切られるのか」①

第一章 信頼とは何か?

 信頼は、あなたのニーズと他者のニーズが異なるところに絡んでくる。もしも全員の目的がみんな一緒で、優先順位も一緒なら対立はないので、信頼も必要ない。人間の目的がぴったり一致するのは圧倒的な脅威にさらされたときぐらいだろう。基本的には目的が違うから、相手がどう出るのだかわからない。けれども、そこを「信頼」する。信頼とは賭けである。

 なぜ賭けるのかといえば、単純にいって、そうするほうがそうしないほうよりも恩恵が大きいからだ。スペースシャトルの打ち上げにあたって、管制室で繰り広げられているところの単独では決してできない協力関係を思い出せば、そこでは様々な数値が観測され各自が報告し合い、協力し合っている。なにか担当のある人物の発言を信頼せずに全員でいちいち確認していたらこんな大事業は成し遂げられない。別にこんな大事業でなくても私たちは普段からこまごましたことで人を信頼している。

 問題が起きるのは、この信頼が裏切られる場合があるからだ。

 信頼は賭けなので、そもそも信頼などしなければよいという解決策が浮かぶ。お互いの行動の透明性を確保し、他者の行動を検証できるようにする。たとえば二人の悪党がブツの交換をするシーンを思い出せば、彼らは相手が確実に目的の物をもって来たかお互いに確認し合い、交換していることがわかる。彼らは決して信頼しない。この場面では信頼の出る幕はまったくない。

 だが、行動のすべてを監視することなどできない。相手にブツを持ってこさせるのに自分が一緒についていったら協力する意味がまったくない。本当にすべてを確認するとこちらの資源や労力を空費してしまう。また、ブツはいつだって同時交換にするわけにはいかない。つまり見返りを期待して協力するということがある。将来こうしてくれるだろうと思って協力してやることがある。この時間のずれの問題に対処するためにこそ、二人の悪党は同時にお互いのニーズを満たすわけだが、いつだってこうするわけにはいかない。

 信頼がなければ実りある協力はありえないというのは以上のようなわけだ。つまり信頼しないで済まそうとすれば悪党がよく使うような『行動の確認』という手がありうるが、すべてを確認していたら

  1.  資源や労力をむしろ空費する
  2.  助けが必要なときに同じく助けが必要な人間を探して互いのニーズが同時に満たされるようにする

 という非効率なことをしなければならないのである。

 

 そこで最初の問題に立ち戻る。行動の確認なしの信頼をしようと決意すると、どうしても利己的な行為の被害に遭う。いったいどうすれば相手が信頼できるのかどうかを予測できるのだろう。この問題に関して囚人のジレンマというゲーム理論のモデルが非常に示唆的である。つまり、囚人同士が協力をすれば利益が最大になるのだが、しかし、相手が協力するとは限らずお互いに裏切るほうが最適な戦略になってしまうというジレンマだ。これがジレンマたる所以は、最良の選択が最適な選択ではないという点にある。

 協力したほうがマシ、非協力なほうがマシ、ということが明らかな交渉もあれば囚人のジレンマのように協力が問題になるような交渉もある。そこでいろいろな傾向性をもつプレイヤー(絶対協力・絶対裏切り等々)を用意してランダムに何度もぶつけさせてみることで、「人生」というものをモデル化してみよう。そこで利得が最大になる、パーフェクトプランはなんなのだろうか。そのモデルにおいて成功したプレイヤーたちが持っていた共通点は、自分からは決して裏切らず、しかし、場合によっては腹を立てて裏切るということだった。この基本原則を最もうまく体現し、平均的にいつも勝利するプレイヤーがとっていた戦略は「しっぺ返し」であった。要するに、最初は協力姿勢で臨み、もし相手が裏切ってきたら次回に限りこっちも裏切るという戦略である。

 とすると、人生というものは簡単な話になってくる。最終的に高い平均点を出すためには「しっぺ返し」に徹すればいいのだから。しかしもちろん、そうは問屋が卸さない。相手の行動には意図的な裏切りもあれば、過失もある。意図せず生じる裏切りは、特に、しっぺ返しプレイヤーにとっては大きな誤算となるのだ。というのも、もしその戦略をとっている二人のうち一方が過失によって裏切れば、裏切りの連鎖は一生続くことになるからである。

 そこでこのモデルに、もう少しランダム性を加え確率に基づいて協力・裏切りになってしまうようにした。そして今度は戦略同士を競わせるために世代交代の概念を取り入れ、最終的にどの戦略をとった部族が優位であるかを見極めることにした―――そこでまず優勢になったのは、『必ず裏切る』族である。こいつらは初手でとりあえず協力姿勢を見せる奴らをことごとく裏切り、それで利益を得続けた。裏切り族の繁栄は100世代も続くことになる。ところが、長期的に数を増やし遂には裏切り族を抜いたのが『しっぺ返し』族だった。彼らは裏切り族と出会うと必ず負けるが、同じ部族の間ではいつも成績がよく、誠実で安定した関係を保つ。

 だが、最後にはこの『しっぺ返し』族も数において他の部族の負けてしまう。この新しいモデルにおいてチャンプになったのは一体誰だったのか。それは『寛大なしっぺ返し』族であった。彼らは少々寛大なので、裏切られても必ず裏切り返すことはなく、25%の確率で次回も協力する戦略をとる。彼らはいわば過失による裏切りを乗り越える力を持っていた。

 そうとはいえ、どの部族であれ勝ち続けるということはまったくない。いずれかの時点で必ず負ける。よい戦略を持っている集団は互いに信頼し協力しあうが、それはペテン師にとってありがたい空間となり搾取がはじまる。搾取がはじまると崩壊は止まらない。そこに前向きな戦略がふたたび台頭し、数を増やしていく―――重要なのは、パーフェクトプランを見出すことではなかったのだ。そんなものはない。

重要なのは、利己性や協調性、不誠実さや誠実さは、絶えず変化する平衡状態のなかに存在するものだと理解することだ。