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「すべて」を始めた大爆発【「宇宙が始まる前には何があったのか?」】

「すべて」を始めた大爆発

 アインシュタインが1916年に発表した一般相対性理論によって、それまでの静かで永遠の宇宙観は一大転換を迫られた。言い出したのはベルギーの司祭・天文学者ルメートルであり、””渦巻銀河の後退””という観測結果に基づいて、「宇宙のはじまり」を提唱した(1927年)。1929年、ハッブルはだんだん地球から遠ざかっていくあの銀河たちの速度は地球からの距離に比例していることを示した。だとすると、もし時間を巻き戻していくならば、(1)地球は宇宙の中心、(2)宇宙のすべては一点に集中していた、ということが単純に想像される。

  •  だが、地球は宇宙の中心ではない。宇宙の膨張は等しく起こっているので、遠く離れた小惑星のうえで観測を行なえば、今度はその小惑星が宇宙の中心だという話になってしまう。たとえるなら、風船に点を描いて膨らませていくと、その点に立っている小人からすると、あたかも自分を中心として世界が広がっていくように見えるのと同じことである。

 ハッブルの分析を用いて宇宙の年齢を推定したとき、なんと十五億年前に起こったらしいことがわかったが、しかしその分析には誤りがあることが既に明らかにされており、現在では137億2000万年前がビッグバンの発生ということになっている。

 はじまりについての推定が済むと、今度は「宇宙の終わり」についての疑問が起こって来る。その先駆けとして、銀河スケールでの運動を観測することで、その運動を引き起こす重力について測定しようとしたのがヴェラ・ルービンら研究者たちであった。彼女らの仕事によってわかったのは、その運動を起こすためには銀河系内部に存在するであろうと今わかっている全質量よりもはるかに大量の質量が必要だということである。重力源としての物質の総量と観測可能な物質の量との比は10:1に近い値になってしまった。だが、材料(陽子と中性子)の数をどう見積もっても、そんな大量の物質には遠く及ばないのである。するとこの謎の「暗黒物質」については、そもそも材料が違うのではないかという可能性が出てくる。

 アインシュタイン一般相対性理論の基本的なアイディアは、物質とエネルギーによって空間が曲がるということであった。そのことを考えれば、「暗黒物質」というものによって私たちの考えている宇宙の形すらも変わって来る。宇宙は曲率に応じて三つの形が考えられる。

  1.  平坦な宇宙(曲率=0、三本の直交軸はいくら伸ばしても交わらない)
  2.  閉じた宇宙(曲率>0、三角形の内角の和が180度を超える。わかりやすくいうと、ずっと先まで宇宙を見ると自分の後頭部が見える)
  3.  開いた宇宙(曲率<0、三角形の内角の和が180度を超えない。馬鞍みたいな形)

 そしてこの形ごとに膨張を続けさせてみると、宇宙の終焉が明らかとなる。もし宇宙が開いているなら、膨張は永遠に続く。もし宇宙が閉じているなら、膨張はやがて限界を迎え、しぼみだす。もし宇宙が平坦ならば、永遠に近いほど膨張が続くが、やがてはストップする。

 暗黒物質の正体は不明でも、存在量だけは突き止められる。それでわかったのは、宇宙に存在する物質の総質量は平坦な宇宙を作るためには全く足りなかったということである。そしてどうやら私たちの宇宙は開いているらしいことが観測によってわかってきたのである。ところが暗黒物質はそもそも観測できないもので、まだまだ潜んでいる可能性を考慮すれば、まだここで宇宙の形についての話が終わったわけではないし、現在も続いている。

 暗黒物質といったややこしいものは脇において、観測できる範囲から宇宙の形を推定しようという考え方もある。たとえば地球を上から見下ろすことができないとして、どうやって曲がっているかを調べる方法を考えれば、それと同様のことが三次元空間にも適用できる。空間の曲率を精密に測定しようとした最初の人物はロシアの数学者であるロバチェフスキーだった。彼は星を結んだ三角形から宇宙がわずかに湾曲していることを発見したが、しかしそれは宇宙スケールで見れば取るに足りないほどであった。彼のアイディア自体は正しかったが、当時のテクノロジーが追い付いていなかったのだ。現在では「宇宙マイクロ波背景放射」によってこれを補うことができる。

  •  この背景放射は宇宙のはじまりと関係がある。もし宇宙が赤ん坊だった頃を見たければどうするかといえば、遠い宇宙を観測すればよい。というのも、一光年先の宇宙から放たれた光は一年かけて地球に届くからである。だとするとビッグバンが起きた現場を見るためには、137億2000万光年先を望遠鏡で覗けばいいと思うのが自然な発想だろう。
  •  しかし、若き宇宙は火の玉だった。それは高密度に荷電粒子が飛び交い、光が外に出ようとしたところで荷電粒子に捕まってしまう。それゆえ、宇宙の過去を望遠鏡で覗く試みはビッグバンより少し後の火の玉状態で終わってしまうのである。私たちにとって観測できる最古の宇宙は、火の玉状態の最終局面に出た放射だけである。これが「宇宙マイクロ波背景放射」である。

 ロバチェフスキーが作ろうとした三角形はシリウスという星を結んだものであったが、火の玉の最終局面を用いて、さらに広い三角形を形成してみよう。「最終散乱面」は、宇宙は均等に膨張しているのだから地球の周りに円状に広がっている。目の前から飛んで来た放射は138億2000万光年の長さを飛んで来たのだろうが、その角度が少しでもズレたならば、放射が旅してきた距離は138億2000万光年より長いことは察しがつく。そこで問題なのは、望遠鏡をズラして飛んでくる放射が定規で結べるほどにまっすぐ飛んでくるのか、内側にしぼんで飛んでくるのか、外側に膨らんで飛んでくるのか、どれなのだろうということだ。これはすなわち、宇宙の形を示すことでもある。

 研究者たちはデータを突き合わせ、なんと宇宙が平坦であることを示した。もちろんいくらかの誤差はあるものの、ズレが1度ならそれに応じた放射が飛んで来てくれたのである。

 だが明らかにこの結果は、暗黒物質を用いた推定とは矛盾している。なにしろ、平坦な宇宙を作るための物質は存在していなかったのだから。私たちはそこで改めて、この宇宙のどこかに隠された暗黒物質に立ち向かわなければならなくなった。一体、隠された質量はどこにあるのか、という問題に答えたのは「宇宙定数」という概念だった。

 宇宙定数は、もともとは宇宙の静止(膨張などしない!)を信じたアインシュタインが、理論のうえで宇宙を静止させるために方程式に組み込んだ定数である。一般相対性理論の方程式は、左辺に宇宙の曲率を記述させている。この値を決めるのは右辺、即ち宇宙に存在する色々なエネルギーと物質の密度だというのがこの方程式の言わんとするところだが、彼は左辺に、「色々なエネルギーと物質の密度」とは関係のない定数を取り入れることで、宇宙が動き出すのを防ごうとした。つまり宇宙定数なしには力に押されて膨らんでしまうところを、その定数で引きとめることにしたのである。

 しかし様々な観測の結果、明らかに宇宙は膨張している。アインシュタインはこの事実を認め、宇宙定数を破棄することにしたが、いま改めてこの「宇宙定数」が問題になってきている。というのも、その定数は右辺に存在する「色々なエネルギーと物質」には全く関係がなく、そしてまたそうしたものこそ、私たちが求めていたものだからだ。―――空間からすべてのエネルギーと物質を取り除きなさい。そこに残る空っぽの空間には、まだエネルギーが含まれている!

 

 そうとはいえ、無の空間にエネルギーがあるなどという主張は到底信じられなかった。それを擁護するにあたり、必要なのが量子力学である。量子力学は非常にミクロな世界の話であったが、物理学者のディラックは、シュレーディンガーハイゼンベルクが提案した数学によって量子的な系を記述することができ、しかもそれはよく知られたニュートン力学からの注意深い類推によって導かれることを示した。さらにその後、ディラックは電子が運動する速さに応じてシュレーディンガー方程式を書き換えることで、微小な世界から巨大な世界までの振る舞いを記述できるようになったのである。ミクロからマクロへの振る舞いの違いにおいて肝心だったのは、電子が運動する速さだったのである。

 しかし、電子の速さに応じて、その電子の振る舞いを記述してくれるはずだった方程式は、「反粒子」の存在を必要としていた。つまり、「電子に非常に似ているが、電荷が反対のもの」がなければ方程式が成立しないのである。電子の反対の電荷を持つものは陽子であるが、陽子は電子と似ても似つかない。ディラックが遂に降伏して一年ののち、ほかの実験家たちが電子とまったく同じ性質をもつ粒子を発見することになる。

 これは当初、「陽電子」と呼ばれていた。それが「反粒子」と呼ばれるようになったのは、実は「反」があるのは電子だけではなく、ほとんどすべての素粒子に「反」のあることがわかったのである。プラスとマイナスの粒子が出会うと、ふたつは互いを打ち消し合って消滅し、後には放射だけが残る。反粒子電荷が違うだけで性質がまったく同じなので、それを使って反物質を作ったところで性質はまったく同じものになったことだろう。この世が反物質ではなく、物質でできているのはたまたまにすぎない。ほとんどSFの世界だが、反粒子はめったにお目にかかれないという以外、得体の知れないものではない。

 ファインマンは、相対性理論からも反粒子が存在することや、空っぽの空間が実は空っぽではないことを示した物理学者である。

  •  相対性理論によれば、物体は光速を超えない。しかし量子力学によれば、不確定性原理が成り立つ、という。それはつまり、位置と速度のような物理量のペアについて、同時に正確な値を得ることはできないという原理である。これが示唆するところは、運動速度が測定できないほど短い時間であれば、その粒子は光よりも速い速度で動いてもかまわないということである。だが最初に書いたように、物体は光速を超えないはずだ。なぜなら、相対性理論に従うと、高速を超えた粒子は時間を逆行するから。
  •  だとすると、粒子は一瞬だけスッと加速したとき時間を遡る。ところで、マイナスの電荷を持つ電子が時間を逆行するということは、数学的には、プラス電荷が時間通りに進むことと同じなのである。したがって、相対性理論からも「反粒子」の存在が予言されたことになる。

 電子が空間を進んでいる。あるときパッと見えなくなり、またパッと出てくる。この中間で起きていることはなんだろう。それは、もとの電子が反粒子と一緒に存在することか。しかしそれではもとの電子が消えてしまう。だから、中間の地点ではもとの電子に加えて、『電子+陽電子』のペアが何もない空間から生み出され、一瞬のうちに弾けてまたもとの電子一つに戻るという早業が繰り広げられている。1,3,1という順番で粒子の数が増減しているのだ。

 この測定不可能なレベルの短時間に突如現れて消えていく粒子のことを「仮想粒子」と呼ぶ。少なくともここまでの記述においてはただの予想にすぎないが、なんとこの何もないところから突然生じる粒子の存在は実証されてしまった。

 このようにして単なる無の空間にも何かを生み出すエネルギーがあることがわかったが、実際どれぐらいのエネルギーがあるのか推定してみると、とんでもない大きさになる。これは理論的には困ったことだ。暗黒物質をたとえ含めたとしてもこの宇宙に存在することがわかっているエネルギーの総量と比較して、10の120乗倍あることがわかったからだ。しかしもしこの値が正しければ、斥力があまりに大きすぎてビッグバンの直後にすべてがバラバラに引き裂かれる。当然、地球も形成されていない。だから、間違いなくこの推定値はひどい計算なのである。

 物理学者は最終的に、無の空間のエネルギーが「なんだかんだといいながら結局ゼロにおさまるだろう」と確信していた。

 

ところでこれまでの議論を整理すると、私たちはあくまで〈宇宙は平坦である〉と仮定して、足りない物質を補うために〈暗黒物質〉や〈無〉に手を伸ばしてきたことになる。宇宙が開いているなら足りないものなどないが、しかしそれにしても、いろいろの困難が知られているし、そもそも前に紹介した結果とも矛盾する。宇宙が平坦であるという実証は、すぐに宇宙の膨張速度の測定に向かわせたが、どうやら宇宙はどんどんと膨張の速度を早めているらしかった。著者たちによる〈無の空間〉の議論はあまり注目されてはいなかったが、膨張の加速のために必要なエネルギーは見事にこれまで記述してきたものと噛み合っていた。しかしやはり、宇宙の99%は目に見えず、その観測できないなかにわずかに暗黒物質の海がある、という主張は信じがたいものであり続けた。

 

 私たちの生きている世界に反物質ではなく物質がほとんどを占めているのは、無の空間におけるわずかな物質の過剰がもたらした結果である。ここで起きた物質と反物質の非対称性のプロセスはいまだに解き明かされてはいない。しかしもはや「なぜ何もないところから、何かが生まれたのか?」という問いに対して、「無は有を生み出すだけのエネルギーを既に秘めている」という答え方が十分に根拠のあるものとなりつつある。

 アインシュタインは宇宙がこのような形でしかありえなかったのかを知りたがったが、定数の値や物理法則は、たまたまそうなったのであって、神様があらかじめそのようにデザインしておいたわけではない可能性がきわめて高い。そしてまた、そうしてたまたま存在しているものたちは、やはり束の間のことで、やがては無に帰する可能性が高い。

 

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偉大なる宇宙の物語 ―なぜ私たちはここにいるのか?―

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