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生物学と、人類の歴史について

 

宇宙誕生からカンブリア爆発

  •  (これより前は空間も時間もない)
  •  135億年前:ビッグバン。宇宙の誕生。「地球誕生以前」
  •  45億年前:地球誕生。ここから先カンブリア時代が始まる。先カンブリア時代には、肉眼で確認できるようなレベルの生命は見つかっていない。
  •  5億4200万年前:生物がようやく目に見えるようなカタチを成してきた。「顕生代」のはじまり。顕生代の最初の区分を「カンブリア紀」(4億8830万年前まで続く)という。私たちはいまなお、顕生代にいる。

生物について

 生物の数は2011年に推計された段階で870万種とされている。

「種」→「属」→「科」→「目」→「網」→「門」→「界」→「ドメイン

※「種」という区切りは、子孫を残すもの同士を同じ種と認め、その方式で括ったものである。これらの種はヒトやロバのように命名されているものもあるが、命名の及んでいる数はわずか200万種に過ぎない。膨大に存在する種を一定の特徴ごとに分けたものが「属」で、さらに続いて……という風に束ねるのが現代風のスタイルである。

 生物は五つの界・「動物界」「菌界」「植物界」と「原生生物界」「モネラ界」に分けられる。私たちは動物の実験をするとき、あるいは菌の実験をするとき、これら五界それぞれの代表となる生物を試験することになる(モデル生物)

  1.  動物界 … マウス、ショウジョウバエ、ホヤ、線虫
  2.  菌界 … アカパンカビ、酵母
  3.  植物界 … シロイヌナズナ
  4.  原生生物界 … クラミドモナス、ゴニオラックス、ゾウリムシ
  5.  モネラ … 藍藻大腸菌

 これらの生物は飼育がしやすく、繁殖が容易であるため重宝される。

 遺伝子研究をする場合、まず「これは遺伝によるものだ」という性質を見つけてそれを司る遺伝子を見つける。これをフォワード・ジェネティクスという。次にその遺伝子を破壊してやってその生物からその性質が失われるかどうかを調べることをリバース・ジェネティクスという。(これらの実験をするためにモデル生物のゲノムはすべて調べられている)

進化

 もともと「親が子に似る」ことは知られていた。

 それが遺伝であり、遺伝するものを形質という。問題はなぜそんなことが起こるかである。研究者たちは形質というものが体内に存在するなんらかの物体に対応するだろうと考えた。すると当然、それは生殖細胞に含まれることになる。さらに、精子のほとんどは細胞核であるので、その何かは核の中にあるに違いない。くわえて、細胞分裂によって分かれる核の構成成分が染色体であることから、私たちは染色体の中に含まれる何かに、遺伝というものの原因を見つけることができる。

 そして現在ではその何かとは、染色体のなかにあるDNAであるとされている。このDNAはたった四種類の構成であり、この組み合わせ(遺伝子コード)が多様な形質を産みだしているのである。

 

 さて、進化とは親世代に起こった遺伝子の変異を子世代に引き継ぐことである。これは単に遺伝子を引き継げばよいという単純なものではない。たとえば親世代を100人集めて、ランダムに結婚させ、2人の子どもを産ませる(子世代の人口は100人になる)。ここで子世代の変異型を調べると、なんと親世代と全く変わらないことになる。これをハーディ・ワインベルク平衡という。つまり、あくまで単純に考えた場合、集団の有する遺伝子にはなんの変化も起きない。

 だが現に進化は起きている。なぜか。それはこの平衡が崩れるからである。ハーディ・ワインベルク平衡が起きるためには次の四つの条件が成立していなければならない。

  1.  集団の大きさが無限大
  2.  対立遺伝子の間に生存率や繁殖率の差がないこと
  3.  集団に個体の移入や移出がないこと
  4.  突然変異が起こらないこと

 明らかに一番目の条件は最初から破綻している。集団の大きさが有限だということは、遺伝子型に常に偏りがある状態(遺伝的浮動)である。この偶然の偏りは個体数が少なければ少ないほど効果があり、まったく環境が変わらないのにこれだけで進化してしまう場合もある。だが個体数が少ないと、この偏りの影響はとても小さい。しかしともかく、生物たちは常に進化の可能性を有していることになる。たとえるなら、進化のボールは常に弾んでいる状態なのである。

 二番目の条件を破ったものが自然選択である。自然選択説とは次のようなメカニズムである。:

  1.  同種の個体間に遺伝的変異がある。
  2.  生物が過剰繁殖する。
  3.  生殖年齢までより多く生き残った子がもつ変異が、より多く残る

 自然選択は2つの方向「有利なものを獲得」(方向性選択)「不利なものを除外」(安定化選択)がある。進化は環境に適応するほうへ進み、不利になりそうならそれを食い止めるのだ。だが適応の形はいくつもあるかもしれない。このとき、他の適応へのジャンプへの可能性を残すのが、先ほどの遺伝的浮動である。遺伝的浮動は自然選択に逆らうことができる。

 実は、自然選択は進化の主要なメカニズムではない。それどころかたいていの場合、働かないのである。たとえば、あなたの身に素晴らしい突然変異が起きたとしよう。普通の配偶者との子どもを産むと、それが受け継がれる確率は半々である。子ども2人がそれぞれ変異あり・なしだったとしよう。彼らがそれぞれ普通の配偶者と子どもを残すとするとやはり確率は半々なので、孫世代に至っても、「素晴らしい変異」を持つのはたった一人なのである。

  •  遺伝的浮動というのは、親の持っているその特定の遺伝子が子どもに伝わるか否かという偶然によって、その遺伝子が増えたり減ったりすることである。

 半々という確率を乗り越えて偶然2人の子どもが変異を有してくれること、それこそ進化にとって肝心なことである。まだ自然選択はここに至って、働いていない。彼らが動き出すのは、「素晴らしい変異」が起こらなかった子どもが死んだときである。変異を起こしていない子孫が死ぬことによって進化を起こすのが自然選択であり、逆に、自然選択が重い腰を上げるのは死体が積まれるときだけなのだ。

 マンボウは2億個の卵を産む。だが海で生き残れるのは2個だ。ここまでの大量死があれば自然選択もやる気を出す。だが哺乳類にはそんなことは不可能だ。自然選択万能主義は頓挫する。ここに遺伝的浮動という偶然を持ってくることによって、うまく説明がつくのである。

ダーウィンの功績・進化についての注意

 『種の起源』の功績は、

  1.  自然現象としての自然選択を進化の主なメカニズムとしたこと
  2.  分岐進化を提唱したこと(一つの種が二つにわかれる)
  3.  科学的な進化の研究をスタートさせたこと

 である。種の起源に不十分な点があったとしても、これは間違いない。逆にいえば、進化生物学においてはダーウィンの言う意味での進化論は基本的には認められていない。進化について次のことを注意しておこう。

  •  (進化=進歩ではない)今でこそ進化と進歩が同じことだと誤解している人間はいないと思うが、当初は進化というのはいつも進歩的なものだと捉えられた。ダーウィンの進化はランダムなものであり、進化=系統の変化程度の意味であることを注意しておこう。しかし、単細胞生物から多細胞生物へ進化してきたように、やはり進化は進歩と思えるかもしれないが、それは生き残った側だからこそ言えることだ。たとえるなら、ヒラ社員は昇進か残留かクビだが、クビになればもはや社員ではない。つまり社員全体としては残留以上なので、進化=進歩のように見える。
  •  しかし、ヒトは「社長」にまで上り詰めた種なのではないか、とも思える。もしこの次に会長があるにしても、ここまで進歩してきたのは変わりがないじゃないかという意見だが、これも間違っている。それは「〇〇に適した」という〇〇の部分を人間向きに設定するから、人間がトップのように見えるのである。また、脳が大きいことはすぐれているかのように語られることが多いが、脳がでかいと燃料がたくさんいるので食料が不足すれば脳がでかいやつから死ぬことになる。
  •  (適応万能主義の間違い)今いる生物はすべて環境に適応しきった姿ではないことも、今では周知の事実である。生物の体は適応した部分と適応していない部分がありいつも「途上」なのだが、そのように考えない人々もいた。
生態系とは

 生態系とは、『生態学においての、生物群集やそれらをとりまく環境をある程度閉じた系であると見なしたときの呼称』(Wiki)のことだ。いろいろな動物、植物、それらの住む環境を含めて、それぞれの繋がりのことだといってよい。

 生態系の中にいる生物たちは、「消費者」「分解者」「生産者」と分けることができる。何かを生み出す、それを食べる、そして食べるものが死ぬと細菌が分解しにかかり生産者の役に立つ……といったような相互作用がある。

 

 生態系サービスとは、『生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能(サービス)のこと』(Wiki)のこと。生態系サービスは大きく4種類に分けることができる*1

  1.  供給サービスにおいて、人間は牛を殺して牛肉を食うために殺す。あるいは動物の皮をはぐために皮を剥ぐ。また、家を作るために木を倒す。焚き火をするために木を切って割り、燃やす。紙を作るために植物から繊維を取る。医薬品のペニシリンは青カビ由来である。
  2.  基盤サービスには、生物が生存するための基盤となる空気や水、土、エネルギー、栄養などが含まれる。これらに主だって貢献するのは植物であるが、ここでも生物の多様性が重要になってくる。植物が多様であればあるほど、生産性が上がることがわかっているためである。
  3.  調整サービスには、森が洪水から人間を守り、サンゴ礁が天然の防波堤となるように、人間に対する悪い影響を緩和してくれる機能がある。害虫が広がったり、病気が蔓延するのを防ぐのも、害虫や病気に対する天敵がいることによってである。
  4.  文化的サービスには、ペットに癒されたり、森林浴をしたり、あるいは生物学を学んだりするのも含まれる。生態系が人間に刺激を与え、多様な楽しみ方や文化を与えてくれる。

ホモ・サピエンスについて

誕生

 ヒト属とチンパンジー属が分かれたのは約700万年前のことである。いまわかっている限りで最古の人類化石はサヘラントロプス・チャデンシスで、ヒトとチンパンジーの共通祖先から見て非常に近い位置にいるとされている。彼等は「二本足で歩いていた」が、いまだに「半樹上生活」を送っていた。

 約420万年前、アウストラロピテクスとなると木から下り、地上で生活し始める。

 次の進化は240万年前~180万年前のホモ・ハビリス。脳が大きくなった。ホモ・ハビリスは最初のホモ属のメンバーであり、アウストラロピテクス属からの分岐である。

 次いで、150万年前にはホモ・エレクトスに進化、彼らはさらに大きな脳をもち、精巧な石器と集団の狩りを行い、彼らの一部が故郷アフリカを出てユーラシア大陸を旅立った。ジャワ原人北京原人もエレクトスから分岐した彼らの仲間である。

 一方、アフリカに残ったホモ・エレクトスの中から、ホモ・ハイデルベルゲンシスが誕生。

 このホモ・ハイデルベルゲンシスのうち、ヨーロッパへ向けて旅立った種がネアンデルタール人へと進化し、アフリカに残った者がホモ・サピエンスへと進化した。ホモ・サピエンスの誕生は約20万年前のことであるとされる。

ネアンデルタール人vsホモ・サピエンス

 ネアンデルタール人ホモ・サピエンスと出会って、数千年の間に滅んだ。サピエンスがアフリカを出た5万年前は氷河期の最中で、厳しい寒さだった。ネアンデルタール人がヨーロッパからアフリカ川へ南下してきたのもこのためである。

 二つの種の間にはさまざまな違いがある。

  • まず、「狩猟方法」に違いがあった。ネアンデルタール人は茂みに潜み獲物を待ち伏せする戦術を用いていたが、サピエンスは弓矢や槍で遠くから攻め集団で遅いかかる戦術を用いた。しかもサピエンスはイヌと協力しており減少する小型動物をあきらめ大型動物をともに仕留めることで共存してきた。
  •  「食性」にも違いがあり、ネアンデルタール人はほぼ肉食だったのに対し、サピエンスは雑食だった。つまり、もし狩りがうまくいかなくても補うことができた。ネアンデルタール人は体格が大きく、しかし、むしろそのために必要エネルギーも大きくなり不利に働いた。
  •  また、サピエンスはマンモスの骨や皮で小屋をつくり、寒さをしのいでいた。
  •  ネアンデルタール人はサピエンスよりも脳容量が大きかった。しかし前者は「特化」されるもので、後者は「つなげる」ものだった。たとえば花をみたとき、サピエンスは「まるで~~のようだった」というふうに別の類似のものを持ち出すが、ネアンデルタール人は花のあった場所や形、シワなどを説明する。サピエンスの思考の連なりが共同体内での共通認識を形作る基礎となった。また出来事が別の出来事と共に語られることで前後関係により時間が加わり、出来事変化の理由にも思考が及びやすくなった。「物語を作る能力」を持っていたのがサピエンスだった。(認知革命

 生存競争に勝ったのは、サピエンスだった。

人類の特徴

さて、人類とチンパンジー類は分かれた。その変化がまず現れたのは「直立二足歩行」「犬歯の縮小」だった。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)

 直立二足歩行を行う生物は人類をおいてほかにない。他の生物はすべて、直立二足歩行を行わない。ペンギンはどうなんだ、というのは典型的な疑問で、実はペンギンはあんな姿をしていて直立二足歩行はしていない。チンパンジーがすたすたと歩く映像はいくらでもあるが、彼らも四つ足で運動するのがふつうである。人間が四つ足で歩こうとすると、頭を持ち上げなければならず、苦しい。チンパンジーにしても事情は同じである。直立二足歩行をしようと思えば、まぁまぁ苦しいに違いない。

 人類が直立二足歩行をするようになった理由として、イースト・サイド・ストーリーがある。一言でいえば「草原で暮らすようになったから」である。草原で暮らすようになり、にゅっと草むらから顔を出して敵がいないかどうか見たり、日差しをうける面積を防いだりするために人類は立ち上がった、という仮説である。

 ところが、直立二足歩行にメリットは恐ろしく少ない。まず敵がいないかどうかにゅっと顔を出したら向こうに見つかってしまう。直立二足歩行していると足が遅すぎてすぐ捕まってあの世行きである。クマに見つかって走って逃げるのはまず無理なのだ。イースト・サイド・ストーリーによる直立二足歩行の説明は現在では無茶だと言われている。

【食料運搬仮説】

 そこで与えられた回答が「食料を運搬するため」であったそうだ。両の手で持てば、より多くの持ち運びができる。そうしてこの仮説が正しいといわれる理由は「犬歯が縮小」していることである。

 犬歯はもちろん攻撃にも使われるが、使用頻度が高いのは仲間内である。オス同士でメスを取り合って争う。多夫多妻制や一夫多妻制の社会ではオス同士の争いが避けられない。しかしわれわれは一夫一妻制をとり、オス同士の争いが少なくなった。それで犬歯が縮小した。

 食料の持ち運びが多く出来るほど生き残りやすいのは当然である。いまわれわれは一夫一妻制であった。これにより直立二足歩行を獲得した個体はその遺伝子を持った子どもに確実に食料を運ぶことができる。もし多夫多妻制なら直立二足歩行をする遺伝子を持たない子どもに食料を振ってしまうことになる。それで少しずつ直立二足歩行をする個体が減り、やがていなくなった……。

 おそらく初期の人類で、いきなり一夫一妻制が成立したわけではないだろう。多夫多妻的な社会の中から、一夫一妻的なペアが形成されるような中間的な社会を経由したのだと思われる。

絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか (NHK出版新書)

 とあるように、当然もともと多夫多妻で通してきたやつらがいきなり一夫一妻になることほど奇妙なことはない。そうならざるをえないやむを得ない理由があったに違いない。そうすると順番的には、

  1.  多夫多妻維持できねえ事件
  2.  一夫一妻マン
  3.  一夫一妻マン進化 → 犬歯縮小
  4.  立ったほうがよくね? 一部が少しずつ重い腰を上げ始める
  5.  直立歩行マンへ進化

 ということになったのだろう。でも重い腰を上げ始めるといっても、たとえば犬がモノを手で運ぼうとしないように、これにも何か気の遠くなるような段階が必要であるが、その段階がいまいち思い浮かばない。

 しかしどうも、現在のところはこの仮説が一番有力なものであるらしい。

 先述したように直立二足歩行はデメリットが非常に大きく、他の生物では全く採用されていない。化石のなかには直立二足歩行を行っていたと考えられる生物がいるが、彼らは絶滅してしまった。

 直立二足歩行は「難産」の原因とされているが、実はそれは脳が大きくなって負担が大きくなってからの事で、脳が大きくなるのは250万年前でやっとである。700万年前付近では、苦労はしたにしてもいまほどの難産ではなかったと見られている。要するに、脳も大きくなく、いわゆる認知革命も起こっていない状況で、ただ食料を運べるだけのわれわれの祖先が生き残ったのはほとんど奇跡的なことだったようだ。

 

 

人類の歴史

 サピエンスは7万年前にアフリカを発ったが、実はそれより前の10万年前に出発していた。けれどもそのときはネアンデルタール人に敗れて、また舞い戻ってきたのだ。彼らは7万年前の出発では、他のヒト属を完璧に滅ぼしてしまった。これを可能にしたのが認知革命である、という。

  人類が複雑な言語を獲得した理由はわからない。他の動物たちも言語を使うことができるが、人類ほど柔軟ではない。たとえばサバンナモンキーがある鳴き方をすると、仲間は全員上を向く。ワシに注意しているのである。他にもライオンの警告をする鳴き声もあるらしい。しかし、人類のように言葉を組み合わせて多種多様な文章を作ることは出来ない。

 言語による恩恵のひとつが、群れが大きくなることだった。チンパンジーは多くて50頭ぐらいしか群れをなせず、それ以上になると不安定になる。集団内の不和から数頭がよそへ出て行き新たな群れをつくる。群れ同士が協力することは滅多にない。われわれ人類の場合は、集団の自然な大きさは「150人」である。人類もそれ以上になると法律やらなにやら秩序を保つ工夫がいるなど、集団が不安定になる。

 われわれの群れを国家などのようにさらに大きくするためにも言語が必要だった。われわれはなにかしらの「神話」をつくり出すことで集団を維持した。宗教はもちろん、正義といったような抽象概念もそうだ。

 

 平均的なサピエンスの脳の大きさは、狩猟採集時代以降、じつは縮小したという証拠がある。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

 認知革命後、サピエンスたちは生き延びるための知識を蓄えた。なわばりの地図はもちろん、採集する植物の生長や季節ごとの変化も知らなければならない。午前中に最終を終え、午後早くにキャンプに戻り、仲間たちを話をした。

 狩猟採集民は単一の食べ物に頼らない。様々なものがメニューに並ぶ。このことがいわゆる農民たちよりも飢えや栄養不良を起こさない理由になった。しかも、その頃のサピエンスには犬以外の動物と住んでいなかった。感染症は家畜に由来しているため疫病もなく、しかも常に動き回っているために感染症など蔓延しようがなかった。

 

 定住などしていないサピエンスたち。この頃の狩猟採集社会を多くの専門家が「原初の豊かな社会」と呼んでいるらしい。

「この一万年間の人類史は、遊動したくともできなかった歴史であり、その間人類は定住生活を強いられてきた」

人類史のなかの定住革命 (講談社学術文庫)

  もちろん彼らは現在の我々よりも簡単に死んだ。子どもの死亡率は高いし、年寄りや障害を負った人は置き去りにされたり、殺されたりした。ユートピアでは決してなかったものの、「人類史のなかの定住革命」においては現代のいろいろな問題(ゴミや排泄等々)は狩猟採集時代のわたしたちが残っていて、適応できないためだとしている。

 認知革命が起きたとされるのが七万年前。

 ホモ・サピエンスが長く続けてきた狩猟採集生活の時代は、驚くほど豊かなものだった。森に入って果実をとり、海が近ければ釣りを行い、そこに住んでいる動物をイヌとともに捉え、川では追い込み漁がおこなわれたりした。この時代は『人類史上最も豊かだった』ともいわれているが、しかし次第に、少しずつ定住型の暮らしが見られるようになっていく。

 農業革命はおよそ1万2000年前に起こった。紀元前7000年頃、チグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア、紀元前5000年頃に黄河や長江流域等々。集約して育てることに適し効率よく栽培できた穀物が注目される。たとえば米・小麦・トウモロコシ・じゃがいも・サトウキビなど、いろいろな場所の風土にあった栽培がおこなわれ、人類はそのそばに家を構えるようになった。

 人口は激増したが、穀物中心の食生活で栄養バランスを欠くようになった。また、畑の世話のために労働時間は著しくふえ、朝から晩まで仕事をしなければならなくなった。世話が終わっても穀物を保存・管理しなければならず、そしてまた人口増加によって田畑が増えたことでさらに世話・保存・管理の手間が増え、どんどんと働く時間が増えていく。農業革命は『パンドラの箱』だったといわれるゆえんである。